「生きづらい日が来る前に」政治経済学部二年 小林圭

 2013年の10大ニュースを並べてみれば、オリンピック招致、アベノミクスによる経済成長、富士山の世界遺産への登録、アルジェリアでの日揮社員の人質事件、TPPへの参加表明、参議院でのねじれ解消、民法900条違憲判決、消費税の8%への増税決定、徳洲会公職選挙法違反と都知事の辞任、特定秘密保護法の成立があげられる。
 宮崎駿監督の引退会見やその他のニュースを2013年の10大ニュースに挙げられる方もいらっしゃるとは思うが、以上の10のニュースを取り上げた。内訳をみれば政治・経済に関連するものが7つある。やはり、政治のニュースに偏ってしまうのはそれだけ注目を集めやすく、話題にもなりやすいからであろう。また、オリンピック招致や富士山の世界遺産への登録というのはおめでたいものなのであろう。両者ともに、連日テレビを賑わせ、「オモテナシ」は流行語大賞にも選ばれた。明るい話題は人々の記憶にも残りやすい。一方、国外で起きた事件はなかなか記憶には残りづらいのだろう。
 特にこの10のニュースの中で注目したいのは「特定秘密保護法」の成立である。この法律は成立段階から注目を浴び、賛否両論が唱えられてきた。この法律では行政機関による「特定秘密」の指定、秘密の提供についての規定、秘密の取り扱い制限、漏えいに対する罰則等について定めている。
 賛成する側に立てば、安全保障に関する情報の漏えいは国家を揺るがす事態であり、「スパイ天国」とも言われてきたこの国の現状を考えれば、制定は必要なことであろう。また、日米同盟の強化を志向するのであれば相互の情報をやり取りするためには必要なものである。一方、反対する側に立てば、秘密の指定は「表現の自由」の侵害、国家による情報隠匿の恐れがあり国民の権利を侵害するといった意見が出てくるであろう。
 賛成する側の意見は大きく間違っているとは思えない。しかし、反対する側の懸念も理解できる。それは、「国家」の安全を考えれば、法律の制定は必要であるからであり、「国民」の権利を考えるならば、自由の侵害にもなりかねない法律は危険極まりない。ただし、留意すべき点は法律の制定理念は得てして忘れられてしまうことである。
 長くなるが以下に「特定秘密保護法」の第一条を引用する。

この法律は、国際情勢の複雑化に伴い我が国及び国民の安全の確保に係る情報の重要性が増大するとともに、高度情報通信ネットワーク社会の発展に伴いその漏えいの危険性が懸念される中で、我が国の安全保障【(国の存立に関わる外部からの侵略等に対して国家及び国民の安全を保障することをいう。以下同じ。)】に関する情報のうち特に秘匿することが必要であるものについて、これを適確に保護する体制を確立した上で収集し、整理し、及び活用することが重要であることに鑑み、当該情報の保護に関し、特定秘密の指定及び取扱者の制限その他の必要な事項を定めることにより、その漏えいの防止を図り、もって我が国及び国民の安全の確保に資することを目的とする。

 ここに書かれているように特定秘密保護法の目的は「国と国民の安全の確保」である。我々の安全を保護するためでもあり大変ありがたいものである。しかし、為政者の意図が永遠に引き継がれるわけではない。今の内閣が聖人君子の集まりだとしても10年後、20年後にも聖人君子がその地位にあるとは限らない。今の内閣は、「取材の自由は守る」、「秘密が際限なく広がっていく心配はない」と説明するが、その意図をいつまで理解し、守り続けるのか。
 過去に日本にあった同様の法令で軍機保護法がある。1937年の制定当時は国会答弁でも「知らず知らずの間に軍の秘密を犯したという民衆に対して、人権蹂躙のないよう、省令においての(秘密の)列挙主義をとったのであります」「軍の秘密は極めて高度のものであり、そう(多く)はあり得ない」と言われていた。しかし、実際の運用となると、趣味の写真に偶然軍の施設が写ったり、軍関係の仕事を請け負った労働者が仕事の様子を友人や家族に話したりしただけで、検挙されるケースもあった。1941年には、秘密の対象を外交、財政、経済に関する情報に広げた。
 また、国の安全の保護のためという目的は「国の存立に関わる外部からの侵略」を想定しているようだ。これを理由に賛成する声は多い。国家存亡の危機に対処できないということは恐るべき事態である。そのような事態を防ぐための立法は必要である。しかし、国家のために国民の権利を侵害しかねないということは注意を払う必要がある。まず、以下に問いを立てて考えたい。答えは様々あると思うが一つの答えとしてそれを筋に話を進めていきたい。

 問い:国家は何のためにあるのか?
 答え:国民の生命と財産を守るため。

 問い:国家の安全は何のために必要か?
 答え:国家の安全が国民の安全につながるから。

 問い:国家を守るために国民の権利を制限すべきか?
 答え:Yes、国家の安全は国民の安全を守るためであり必要な措置だ。
    No、国民を守る国家が国民の権利を制限するのは本末転倒だ。

 最後の問いにYesと答える方は、無私の心を持っているのであろう。それかその方の権利は制限されないと考えているのだろう。一方でNoと答える方は、権利を制限されることに対して拒否感があるのだろう。けしてスパイや売国奴だとは思わない。ここで興味深いのは前者は非常に「国家」を重んじている点であり、後者は「国民」を重んじている点である。もう一つだけ問いを立てたいと思う。

問い:国家は国民を守るために何をしているか?
答え:(この問いの答えは読者の方々にお任せしたい)

2013年の弁論大会で審査員の方と話をしているときにこのようなことを言われた。「最近の学生は弁論で『○○という政策をやります』というように政策の主体が政府で、政府が正しいことをやってくれると思っている人が多いんですね」。これに対して私は「経済が成長してみんながごはんを食べられるようになって、それは国のおかげという部分もあって、そういう意味では‘良い’時代になったからこそ政府が正しいことをやってくれると思う人が多いのだと思います」と返した。
最後に、1927年労農党委員長就任を理由に早稲田大学の教授を辞職することとなった大山郁夫先生の言葉を引用する。
「私が早稲田にいられなくなったのは、私の日頃の理論のためであり、その理論に基礎づけられた私の主張のためであり、さらにまたその主張の具現としての、私の実践のためである」
 この文章を書くにあたり毎日新聞特定秘密保護法案:信じられる?首相答弁 秘密の対象『拡大懸念ない』 戦前・軍機法審議と酷似」2013年12月3日東京版朝刊社会面を参考にした。