「For Whom the Bell Tolls」

政治経済学部2年 佐古田継太

フセイン元大統領処刑から1年、イラクで消えぬ宗派対立」
シーア派を標的にしたスンニ派武装勢力のテロ」
「イランによるイスラームシーア派組織の支援」
これらの見出しや記事を見て何をイメージするだろうか?
そう、イラクにおける暴力の連鎖、その根源とも言える
シーア派vsスンニ派
国際テロ組織アル・カイーダやクルド人武装組織によるテロ、確かにこれらを全く耳にしない訳ではない。だが、マス・メディアの洗礼を受けた多くの人はイラクにおける暴力の連鎖を、「シーア派vsスンニ派」というイメージに結びつけるのではないだろうか。マス・メディアは連日の如く「宗派間対立」と騒いでいるし、長らく圧制を敷いてきたサダム・フセインスンニ派、そこで酷い目にあったのがシーア派イラクシーア派スンニ派にはお互い絶対に譲れない宗教的戒律でもあるのかしら…マス・メディアの報道をそのまま解釈すると、どうも暴力の連鎖の最も主要な原因が「宗派間対立」「シーア派vsスンニ派」という図式におとされてしまう嫌いがある。シーア派の人々、スンニ派の人々、イラク周辺の中東諸国を見渡せばとりわけ大きな支障もなく共存している彼らが、なぜイラクだとこうも血みどろの争いを繰り広げるのか、イラクでは何が起こっているのか、不思議に感じる人は少なくないのではないか。
まずはっきりさせておきたいのは、この「シーア派vsスンニ派」という図式はイラクにおける暴力の連鎖を理解する上で必ずしも万能ではない―それどころか万能からは程遠い―図式だということである。宗教的戒律の差異に起因する暴力の連鎖、と単純化してこの問題事象を捉えることは、ムスリム=魔術化されたプレ・モダンな人々、というオリエンタリズムの罠に与する危険性が大いにある。私はこの冬に、イスラエルパレスチナ問題を、イラク、およびその周辺地域で拡大するイスラーム主義運動の促進要素として位置づけ、イスラエルパレスチナへ出かけてきたが、幸運にもパレスチナ挙国一致内閣のムスタファ・バルグーディ情報相と議論する機会に恵まれた。情報相という職に就く彼の口から語られたのは、マス・メディアが意識的且つ無意識的に作り上げる恣意的な世界解釈の重大性であり、それがいかに人々の現状認識を形作っているか、という事であった。

本企画では、イラクにおける暴力の連鎖の根源を尋ねると共に、それを打開する解決の方向性を示してゆきたいと思う。

【問題意識】
鄯異なる文化や共同体の差異が強調されるあまり、人々が分断され、秩序が崩壊してしまうこと
鄱「効率」としての正当性と「手続き」としての正当性のトレード・オフ
Ⅰアフガン、イラクスーダンソマリアパレスチナパキスタン等にみられる、イスラーム主義運動の過激化に伴う暴力の連鎖、そしてそれに対して秩序の構築がなされていないこと
Ⅱアフガン・イラク戦争以降、R2Pに見られる軍事介入の緩和に伴い軍事面において効率を削ぐ集団的意思決定が避けられるようになった。国際制度や同盟関係を通じた行動は、効率の観点からこれを選択的にしていこうという姿勢がとりわけ米国において強まっていること。換言すれば、国際協調の正当性が危機に陥っていること
理念
もっともらしさを感じることのできる自由で開かれたインフラのもと
越境可能性、すなわち異なる文化や共同体の間の交わりが社会の構成員の合意によって支持され
ポテンシャルを高めながら、人間自らの自由な思考によって己の善に対する考察を深めることができる

現代社会】
国民国家の正当性に対する問い:
人間が生きてゆくうえで最も基本的なニーズに応えることのできない国家の正当性が、国内社会、国際社会の双方から問われていること
(例: クルド自治政府 R2P イラク戦争
グローバリゼーションに対する問い:
経済の自由化と政治の民主化の両輪を兼ね備えたグローバリゼーションの真価が、周辺地域に住む一部の人々に問われていること
(例: イスラーム主義運動)

【原因分析】
イラク議会における政治プロセスおよびそれに連動するテロの種類を分析すれば分かるように、昨今のイラクでは宗派内の対立が顕著になりつつある。このことは、サドル師を始めとするいわゆる統一派のシーア派が、最大のシーア派与党であり分離派のイラクイスラーム評議会との対立を深めていることからも分かる。

以上から、統一イラクか、分離イラク、という争点が導出される。

→ 統一派と分離派の対立を解消することこそが、イラクの治安に安定を齎す。

統一派が望むものは:
1つ目に、アメリカ軍を始めとする多国籍軍撤退のための明確な期限の設定、すなわち自国に無期限に駐留する外国軍のすみやかな撤退
2つ目に、石油収入の中央集権化、すなわち石油で設けたお金を地方政府ではなく中央政府の財源とすること
対して、分離派が望むものは:
1つ目、アメリカ軍や多国籍軍のプレゼンス、
2つ目、石油収入の分権化、

【政策分析、政策提言】
1つ目、アメリカ軍を中心とする多国籍軍に対して、国際協調の象徴的存在としての国連が、撤退のための明確な期限を設定すること。
まず、アメリカ軍・多国籍軍駐留だが、イラク駐留のアメリカ兵の数は多国籍軍の中でも群を抜いており、現時点で最大(17万人)に達している。治安情勢を考慮しながら今後段階的に兵力を削減してゆくというのが、アメリカ政府の方針である。イラクにおけるアメリカ軍を始めとする多国籍軍駐留に法的根拠を与えているのは、国連の安全保障理事会が発効する委任統治権。国連は、イラク戦争国際法上非合法としながらも、イラクにおけるアメリカを中心とした多国籍軍の駐留に関して、今日に至るまで委任統治権を3回更新してきた(04年6月、05年11月、06年11月)。今日、アメリカ軍を始めとする多国籍軍イラク駐留の正当性は国連の安全保障理事会によってかろうじて裏付けられているのが現状。現在、この委任統治権を更新するか否かで、イラク、および国際社会は大きくゆれている。というのも、イラク・マリキ政権が国連に対して委任統治権の更新を求めている一方で、イラク国民議会の過半数は、シーア派議員もスンニ派議員も含めて、この委任統治権更新に反対しているからである。私は、今日のイラクにおいて、多国籍軍の段階的撤退に期限を設けることは、イラクの治安改善に大きく寄与すると確信している。なぜなら、現在、多国籍軍は占領軍として見られる傾向にあり、その無期限の駐留はナショナリストから大きな反発を買っているからだ。多国籍軍が治安を担う中、イラクの文化的遺産の破壊、イラク市民に対する裁判なしの拘束/拷問、またファルージャなど都市への攻撃に際しての、空爆/砲撃に加えて、電気や水道が止められ、食料や医療器具の流通がストップしている現状がある。さらに、石油収入を戦後復興にあてる目的で作られた「イラク復興ファンド」に対する国連の監査が、主にアメリカ軍によって阻まれていることは深刻な結果をもたらしている。本来なら、イラクの戦後復興のためにあてられる石油収入が、1日20万バレルから50万バレル分失われていると、国連の専門監査機関IAMB、およびアメリカの政府監査機関GAOによる報告がある。
委任統治権更新に際して、国連は、正当性の付与という点において、アメリカ軍に影響力を行使することが可能。イランや北朝鮮などいわゆるならず者国家の核、イスラエルの生存、低迷するドル価格をめぐる国際政治を挙げるまでもなく、アメリカにとって国際協調の重要性がいまだかつてないほど高まっている。このような状況下で、超大国アメリカの力は、ただ闇雲に行使されるのではなく、国連に代表される国際社会、国際世論の正当性を必要としている。ゆえに、私は政策として、国連が、イラクに駐留する多国籍軍委任統治権の更新に際して、明確な撤退期限を設けることを提案する。この政策は、多くのアメリカ人が心から望んでいるアメリカ軍撤退のための後押しをする政策であり、イラク国民の支持、イラク国民議会の支持、強いてはグローバルな世論の支持、を反映しているものである。

2つ目、現時点で石油を生産している油田、および発見されている油田のすべてを、イラク国営石油会社の管理下に置き、石油収入を宗派民族を超えて公平に分配する。また、今後発見されうる油田に関しては、その開発、生産、販売の権限を地方政府に委譲する。
現在、イラクでは、炭化水素法、別名、石油法をめぐって、イラク国営石油会社の役割をめぐる議論が戦わされている真最中。アメリカ政府が強力に推進しているこの石油法によると、中央政府の石油収入を確保するイラク国営石油会社は、国内の油田80のうち17のみを管理することになる、と定められている。残りの油田と未発見の油田の開発と生産は、地方政府と契約した外資に委ねられることになる。スンニ派からは、この法案が「外国企業を利する」「イラクの分裂を促進する」「石油収入の分配方法が不透明」などの批判がある。スンニ派がこの法案に強く反対する背景には、自らの地区では殆ど油田が発見されていないことが挙げられる。また、これらの批判のうち「外国企業を利する」という批判は、シーア派に大きな影響力を有する強硬派として知られるサドル師によってもなされている。この争点に関して、暴力の連鎖が沈静化するまで、イラクの石油産業を国連の管理下に置くことを提唱する。1996年の「石油と食糧交換計画」に倣ったこの政策論は、イラク国民の厚生を最優先しながらOPECとは別枠組みで石油を供給できること、イランを始めとする中東産油国(レント体制から恩恵を受けている諸国家)に対してイラクの治安安定化に貢献するインセンティブを生み出せること、国際機関が石油産業の管理を担うことで異なる利害当事者間の政治的対話の土壌を創出できること、市場の需要に柔軟に対応できることなどのメリットがある。