社会保険の理念とその政策含意  赤澤 航真(政治経済学部1年)

現在の社会保険制度は複雑で不透明で不公平で損得が生じており、本来の社会保険からはほど遠い。そしてそのことが「中福祉低負担」(例えば中島, 2014)などと呼ばれる、社会保険の大原則たる「給付にみあった負担」がなされないという状態を生んでいる。なぜこうなってしまったのか。そしてどうすればいいのか。結論を先取りすると、多くの問題は理念に背く「再分配」を余儀なくされていることに起因している。本コラムでは、この問題の向かうべき方向性、持つべきビジョンを、極力単純化しつつ理念に立ち戻って考えてみたい。

 社会保険の理念とは、特定のリスクに対し国民全体で公平に負担・連帯して備えることであり、したがって「負担と受益を(個人レベルで)均等させること」である。詳細は省略するが、保険である以上保険料負担と保険金の期待値は等しくなければならないし、また不確実性や不均等を避けるため加入者はある程度多くなければならないからである。この理念が一貫して順守されれば公平・中立・簡素な制度になるはずだし、年金・健康保険財政が危機に瀕することもない。

 これを踏まえて現行制度の状況を見れば、複雑さや不公平さといった問題が、直接的にはこれらの理念、つまり「負担と受益の対応関係」がないがしろにされていることから生じているのがわかるだろう。具体的には資金の流れが不透明なことや、負担に見合った給付に必ずしもなっていないこと、さらには国民全員を負担者・受益者に包摂できていないことを指摘できる。公的年金制度には国民年金や厚生年金、基礎年金などといくつもの勘定(保険料を集めて管理する口座のようなイメージのもの)があるが、その資金は国民から離れたところで、いわば国民のあずかり知らぬところで(莫大な公費の投入も含めて)動かされているのが現状である。健康保険制度はさらに複雑で、一応都道府県単位とされることになった地域保険(国民健保)といくつかの職域保険(組合健保や協会けんぽ)、それと75歳以上が加入する「後期高齢者医療制度」などが乱立しており、それらの間で資金の移転が行われている。

 このように国民から見えづらい制度間再分配が行われる背景には、何よりも勘定や保険が乱立していることがある(加えて全国民に保険料を負担できるだけの経済力があるわけではなく、したがって「定率負担(応能負担)で労使折半の保険制度」の維持と適用促進が根強く主張されていることもこれらの制度乱立が整理されない一つの背景だと思われるが、それらの保険制度は再分配が不足しているからもてはやされるだけであり、社会保険制度としては問題がある。再分配制度については税制などまた別の話なので本コラムでは触れないこととして、本コラムでは社会保険制度の理念実現に論点を絞ることをお許し願いたい)。基礎年金を(年金「未納」者以外の)全国民に給付するという「国民皆年金」制度は存在するが、不気味なことに一定額の保険料が「基礎年金」として全国民から徴収されていたりするわけではない。徴収は国民年金と厚生年金という別々の形で行われており、そこで集めた保険料を「基礎年金」勘定にいったん集めて(拠出金を集めて)高齢者に配っているのである。保険料の流れがわかりにくいし、何より本来の意味での「年金二階建て」になっていない。

 

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(出典:厚生労働省, 2017)

 

 

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(出典:西沢, 2011)

 

 

 

 

 そのため制度改革、とりわけ簡素化を行うならば、相互依存的な現状の諸制度を分立させるか一元化させるか、このどちらかが必要になると思われる。ただし分立を選ぶ場合、協会けんぽに1.2兆円弱の国庫補助があること(メディ・ウォッチ, 2016)や、健康保険組合ごとに保険料率が大きく異なるなどという不透明性・不公平性は解消されない。年金制度も二階建てをやめ、国民年金と厚生年金を分割するという話になる。

 したがってもし、国民全員に基礎年金の負担と受給を課す実質的な「二階建て」化を目指すのであれば、入口の保険料負担のほうも20歳以上の国民全員に対して義務付けなければならない。現状はいわば特権的に払う必要のない第三号被保険者(厚生年金に加入している扶養内の配偶者)や払うに払えない低所得者、厚生年金に基礎年金分を納めているため払う必要のない厚生年金加入者も含めて、現在の国民年金加入者のように、基礎年金の保険料約16000円ずつを徴収すべきである。そうすれば年金制度を真に二階建てにすることができ、厚生年金から基礎年金への所得移転も必要がなくなる。現状の厚生年金は基礎年金分も含めて一括で徴収しており、したがって年金を支給する際には厚生年金勘定から基礎年金勘定に一定額を移して、そこから一階部分(基礎年金)を支給するという仕組みになっている。ひと月の所得のうち9万8000円分にかかる厚生年金保険料(労使合わせて所得の約18%ほど)は国民年金の保険料(月約1万6000円分)とほぼ同じだと見なされているので、そこまでは国民年金(基礎年金)として徴収すべきではないか。(ちなみにこの場合、今まで使用者負担だった保険料 月8000円ほどが自己負担になってしまう点には注意が必要である。)また厚生年金加入者(第二号被保険者)に扶養される配偶者(第三号被保険者)についても、(現状は保険料を払わずとも基礎年金をもらえるのだが、)もちろん他の人と同様に基礎年金に見合う額は納めるべきだろう。専業主婦・主夫等の優遇は時代錯誤的だし、何より納められた厚生年金と国民年金が基礎年金として集められ再分配される過程で、他人の納めた年金がこれらの人にまで払われているからである。なお基礎年金は満額でもたったの年間78万円、月額にして6万5000円ほどだが、それでも国民年金の保険料は定額負担であり、低所得層には重い負担である。実際未納や免除も多く、基礎年金の平均受給額は5万5000円ほどだと言われる。ただだからといって非正規労働者の保険料を定率負担にすれば低年金の高齢者が大量にでてくることになるし、かといって「年金を再分配しよう」などという裁量を挟むと一層不透明化する原因になるので、保険料負担の軽減政策に関しては前述の通りまた別の政策介入を必要とする。

 

 健康保険制度についても、理念から言って公平な個人負担(応益負担)、安定した保険財政、それにわかりにくい資金移転をしないこと、この三点が必要である。そしてそれらを実現するのであれば、地域保険への一元化が必要だろう。

 まず、地域保険である。本来は自営業・農林漁業者向け保険のようだがここでは地域保険とする国民健康保険と、職域保険である協会けんぽや組合健保では、個人の負担が大きく異なっており、公平性に欠けている。国保は家族が増えると(0歳児でも)保険料が増えるし、会社負担はない。国保は端的に言えば保険料が「ひと世帯いくら+一人いくら+所得に応じて何%」というふうに決まるためである。職域保険の場合、世帯主が加入していれば子供や主婦といった被扶養者は保険料を払わなくても健康保険の恩恵を受けることができる。さらに労使折半なので、勤め先の企業も保険料を半額負担してくれる。そのような応能負担(定率負担)での職域保険と比べると、国保は逆進性が極めて高く、しかも市町村によっては保険料を年間3,40万円以上取られる場所もあるので滞納も相次いでいる。だからこそ国保より協会けんぽの促進を、と言われることがあるが、上述した理念から言えばそれは都合の良い議論ではないだろうか。職域保険だけ子どもや主婦だから免除するというのは負担と受益の関係を崩しており望ましくない。そのような低所得層の保険料負担に対しては公平な社会保障給付などで対処することこそ必要なのであり、都合よく事業主負担や扶養制度をするような形で社会保険を歪めるのはおかしい。そもそも現状でも滞納が多く、保険料免除等の制度も不十分なのである。公費投入も明確に低所得層のためとしてなされているわけではないのだから、無闇に乱立した制度の維持をやめ公費投入も全廃して、同時に他制度による根本的な再分配制度の整備に着手せねばならない。それをせず「応益負担は逆進的で弱者に厳しい」などといっても何ら説得力がない。

 そして、資金移転の元凶はやはり制度・保険者の乱立である。後期高齢者医療制度は75歳に達した人を新しく受け入れる「医療制度」であり、趣旨からして保険料収入によって成り立つ保険制度ではない。また国保は退職した前期高齢者、無職者や自営業者、協会けんぽ等に加入する資格(この資格の基準は労働時間が関係するようだが、半ば恣意的に決まるものらしい)のない非正規労働者等を受け入れるものであるので、当然のように保険料が不足するような制度設計になっている。そのため他の保険や税金から納付金や支援金をもらわざるを得ない。支援金を出す側の組合健保も負担に耐えかね自主解散を選ぶことが増加していることを考えても、職域保険は都道府県単位の国保に統合するのが結局は合理的だと考えざるを得ない。保険料負担の水準が福祉の水準に比べて大きく低いことが揶揄される日本であるが、まずは国庫負担をなくし、さらに制度を簡素化して負担と受益の関係を明確にして初めて、国民が納得できる保険料水準がわかることは指摘しておきたい。

 

 

 

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→組合健保では高齢者向けの拠出金が累増しており、純粋な保険給付の占める割合が低下している。

 

 

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→もちろん各健康保険組合ごとに事情は異なるが、保険料収入の4割以上を拠出金にまわす組合が約71.7%にものぼっていることが以下のグラフからわかる。 

(出典:健康保険組合連合会, 2017)

 

 

 

 以上が簡素で公平な社会保険の実現のための筆者なりの政策指針である。この実現には、国民年金への加入を全国民に義務付けることと、健康保険制度の地域保険への一元化が最低限必要になるというのが本コラムの主張である。最後にここで書けなかった課題を述べておきたい。公的年金の受給を世代に関係なく公平にするには、積立方式への移行等を含めた議論をする必要がある。そして応益負担を実現するには、税控除も含めて税制を見直して、再分配制度を整備しなければならない。さらに、保険者は医療費を抑え加入者の健康を促進する役割が求められるが、本コラムではその手の議論を完全に捨象しており、各保険組合の自治を重視する立場からすればあまりに乱暴な議論だろう。これらについて論じることが今後の課題である。

 

 

 

 

 

まとめ

 社会保険の問題とは負担と受益の対応という理念をないがしろにされていることであり、それはすなわち他制度への拠出金、中央・地方政府からのわかりにくい公費(税金)投入による制度間再分配の問題だと言える(これには未納者の年金がかえってこない問題も含めることができる)。そしてその原因は主に勘定の乱立と負担能力格差の2つである。

 だからこそ、全国民に基礎年金を配るのであれば、基礎年金の保険料徴収も全国民から例外なく約16000円ずつなされるべきである。そうすれば結果的に二階建てにはなるし厚生年金から基礎年金への不要な所得移転も必要なくなる。また健康保険制度の拠出金や支援金も、根本的には年齢や所得、被用者かどうかで加入する保険が変わり非合理な不均衡が生じるのが原因なのだから、(20歳といわず)0歳から後期高齢者まで同じ地域保険に加入するようにすべきである。

 

 

参考文献

健康保険組合連合会(2017)「平成 29 年度健保組合予算早期集計結果の概要」

                 https://www.kenporen.com/include/press/2017/20170414.pdf

厚生労働省(2017)「平成29年度版 厚生労働白書」

              https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/17/dl/all.pdf

中島厚志(2014、12月22日)「低負担低福祉か、中負担中福祉か 消費税増税先送りで問われる日本の福祉国家像」Wedge Infinity(最終閲覧日:2018年3月15日)

              http://wedge.ismedia.jp/articles/-/4568

西沢和彦(2011)『税と社会保障の抜本改革』日本経済新聞社

メディ・ウォッチ(2016、7月12日)「協会けんぽ6年連続黒字決算、準備金も1.3兆円に膨らみ、保険給付費等の1.9か月分に―全国健康保険協会

(最終閲覧日:2018年3月15日)

                 https://www.medwatch.jp/?p=9616