『二十一世紀の大アジア主義』文化構想学部一年 岡崎綾修

一、グローバリゼーション
グローバル社会、グローバル化といった語句は、誰でも見聞きしたことがあるだろう。東西冷戦終結により以降の現代社会はまさに、ヒト・モノ・カネ・情報が国境を越えて行きかう、グローバリゼーションが深化し続ける趨勢の中にある。
1980年代末より、国境を越えた経済一体化の形式として、二者間或いは有限多角的FTAが、世界規模で急速に拡大した。
FTAとは即ち自由貿易協定(Free Trade Agreement)であり、二つ以上の国家或いは地域間で、互いに市場参入上優待する取り決めを指す。また、協定締結国家(地域)によって形成される区域を自由貿易区域と呼ぶ。

WTOに通報された地域貿易協定件数の推移
1970年には6件にすぎなかったのが、40年足らずで230件に

現在の自由貿易区域


世界各地に自由貿易区域が形成されている
出典:Primarily based on the WTO list with exceptions for AFTZ, ASEAN+3 and AANZFTA

従来我国は多角的自由貿易体制を対外貿易体制の基礎とし、FTAには消極的態度をとっていた。しかし1990年代末以降、WTOによる多角的自由貿易体制の限界性が顕在化し、2001年に開始されたドーハ開発ラウンドも頓挫した状態にあることや、FTAが貿易自由化に対して共通認識ができている特定の国家との間に、自発的に行われる選択であり、関係協議が短期間に達成でき、WTO多角的自由貿易体制を補完する役割を担い得え、さらにEUNAFTAが経済効果を挙げている、付け加えて我国は当時いかなる国家ともFTAを締結しておらず、その結果我国の製品と企業が国際競争の中で不利な状態となったことなど、様々な要因から我国のFTAに対する認識が変化し、FTAの交渉及び締結を積極的に開始した。2002年には外務省が「日本のFTA戦略」を発表、東アジアをその一位とした、FTA戦略の優先順位を定めた。

それとは前後して東アジアにおいてもまた、中華人民共和国が改革開放政策を実施、さらに南巡講話によって社会主義市場経済体制が確立され、積極的に国際市場に参加し、目覚ましい経済発展を達成し、今年2010年にはGDP規模で世界第二位の経済大国となることが確実視されている。
そのグローバリゼーション潮流中での表れとして、09年上半期、対中輸出額が比較可能な1979年以来初めて対米輸出額を上回り、中国は日本の最大貿易輸出相手国となったのに加え、さらに世界通貨基金の見通しでは、今後二年間の世界経済成長率を4%と見込み、その3分の1は中国が牽引することによって達成されると、予測している。このように、中国は既に日本に限らず、グローバル経済全体に対して極めて巨大な影響力を有しており、対中経済関係を無視して日本、或いは世界の経済を語ることはできない状態が進みつつある。
しかしその中国も1990年代末まではWTO加盟を当面の目標としており、FTAには関心を払わなかったが、WTO加盟の翌2002年の第十六次中国共産党全国代表大会において、「与邻为善,以邻为伴」(隣国との関係を善くし、隣国を以てパートナーとする)即ち周辺諸国との関係を最も重視する外交政策路線が明確に打ち出され、通商政策にもそれが反映されることとなる。

 2003年1月、ASEAN首脳会議の際に行われた、日中韓三国首脳会談の席上、中国側から「経済貿易・情報通信・環境保護・人材育成・文化教育」の5分野に於ける日中韓三国の協力体制促進、とりわけ経済貿易分野では日中韓三国によるFTA締結の提案があったが、日本側は時期尚早との反応を示した。
しかし、中国との間のFTA交渉を推進すべきとの声は、この後日本財界を中心に高まってくる。
 2007年に日本経団連が発表した政策提言においても、『アジアとともに世界を支える』ことが、日本としてあるべき基本姿勢として掲げられている。その主張はおおよそ以下の通りである。
アジア地域内の国々は発展段階にばらつきがあり、政治体制、市場の成熟度、価値観もまた様々である。しかし、東アジアには既に事実上の広域経済圏が形成され、域内貿易比率から見ても、EU60%、NAFTA45%に対し、東アジアは57%に達している。東アジアは世界経済中の一極として、世界経済の牽引役と成りえる素地が既に十分に築かれており、東アジアのさらなるダイナミズムを発揮すべく、『東アジア共同体』を構築していくことが望ましい。

 日中韓三国との間にFTAが締結されることによる経済効果を訴える調査結果は多い。
 日本総合研究開発機構、中国国務院発展研究中心と韓国対外経済政策研究院の共同研究報告(2003年)によれば、日中韓三国の間でFTAが締結された場合、三か国すべてにプラスの経済的効果をもたらすと推測されている。

日中韓FTAの各国に対する経済効果及びGDPへの影響

出典: 中日韓合作研究報告≪關於加強中韓日經濟合作的共同研究報告及政策建議≫2003年10月

 OECDもまた、日本との間にFTAを締結することによって、日本のGDPを最も押し上げる国家は中国であると予測している。

日本の地域貿易協定の期待される経済効果(2005年)単位%

出典:OECDOECD 日本経済白書 2007≫

 上では日中自由貿易に関して現在期待されているメリットを挙げたが、鳩山前首相がアジア諸国と信頼関係を築き通商や金融、エネルギー、環境、災害救援、感染症対策などの分野で協力体制を確立するとし、その参加国には、中韓両国や東南アジア諸国連合ASEAN)加盟国を想定する「東アジア共同体」構想を発表したこともあり、日中自由貿易については、その賛否を問わず様々な意見が存在する。
ここでは、『東アジア共同体構想に反対ブログ署名活動』という『政府・民主党が推し進める東アジア共同体構想に反対するブログ署名のためのサイト』が指摘している東アジア共同体構想の問題点を、当該主張に対して既に1000筆以上の同意署名が有り、反対派から一定以上の賛同を得ている意見と判断し、以下に引用の上考察する。

1.国民的合意・議論が行われていないのに進められている
本来、この様な国の大きな方針に関わる政策は国民投票を行うべきものです。
実際にEUにおいても幾度も各国で国民投票が行われました。しかし、この東アジア共同体構想
では何も国民的合意が行われていません。また、国民投票だけでなくそれを焦点にした選挙も
行われた事がありません。それどころか、国民的に広く議論が行われてもいないのが現状です。
それでも進めて良いものなのでしょうか?

2.共同体による経済的リスクへの対応策が全くない
共同体では、経済の自由化促進などが進められると予想されています。しかし、農業や
地場産業に対して予想されるリスク・懸念への保証等対応策が全く示されていません。

3.共同体化によって不法入国者、犯罪者の増加懸念
共同体によって人の移動もより進められると予想されますが、それに対して
不法入国者の増加・犯罪の増加が懸念されます。それに対する対応策は
強化すべきはずなのですが、示されてもいません。

4.構想相手の中国への不信感・懸念・脅威
共同体は参加国との政治的共同化・統一化が進められます。その共同体の
主な想定国として中国が挙げられています。しかし、中国はEU諸国のように
民主主義国ではありません。それどころか、世界でもトップクラスの弾圧独裁
国家です。その例としてチベットウイグル東トルキスタン)の例を挙げられます。
そのような国と政治的統一化共同化をすすめるべきなのでしょうか?
また、尖閣諸島沖ノ鳥島などでも中国は日本の領有権問題に対し懸念すべき
行動を起こしており、中国の外交姿勢は覇権主義的ととらえてもおかしくありません。

引用元『政府・民主党が推し進める東アジア共同体構想に反対するブログ署名のためのサイト』http://no-eastasiacommunity.seesaa.net/article/128061303.html

『1.国民的合意・議論が行われていないのに進められている』、という指摘に関しては、ここで私が触れるのはFTAに限られるため、特に問題として扱わないこととする。なお、東アジア共同体構想については世論の大きな反応を呼んだため、国民的議論は行われているのではないだろうかと疑問を感じた。

『2.共同体による経済的リスクへの対応策が全くない』という指摘に対しては、農業や地場産業に一定程度の打撃が与えられるリスクの存在に同意する。
 特に農業貿易保護主義は先進国に共通の現象であり、先進国は様々な手段を用いて農業を保護する傾向にある。我国政府もまた、農産品の貿易障壁問題に関しては、WTOの農産品談判において解決すべきとの立場にあり、FTA談判の中では農業問題に触れない姿勢をとっている。我国政府のこの種の態度はFTA談判の停滞を招き、また東アジアFTA構想の中で主要プレイヤーとしての地位を危ういものとし、さらに日中韓FTAの実現を阻んでいる。さらに、FTAの下に関税が低下すれば、各国国内の劣勢企業が打撃を受け、生産調節や産業転換を迫られることとなるため、劣勢産業がFTAに対して反対の立場をとることは、当然の流れだろう。
しかし、グローバリゼーションが深化し続ける現代の世界において、国際競争力に欠けている産業の存在を理由に保護貿易主義的政策を堅持するのは、騎士道を以て風車に当たるドン・キホーテと一般の喜劇ではないだろうか。
歴史の歯車を逆さに回すことができない以上、国際競争力に欠けた産業を保護するためには、自由貿易対外政策に反対するよりも、国際競争力の醸成や経済扶助などの産業保護対内政策を講じるほうが、遥かに建設的である。

『3.共同体化によって不法入国者、犯罪者の増加懸念』との指摘について。日韓両国による対中国人ビザ発給条件大幅緩和に寄せて、韓国のマスペーパー朝鮮日報が「不法労働を目的とした失踪を心配した時代は終わった」と評したとおり、今や中国人の購買力に期待し、積極的に中国人観光客を呼び込む時代である。現に05年には僅か250程度であった中国版デビットカード銀聯カード」の取り扱い店舗数は、今年2万店を超えると見られ、日本の小売業者の期待は大きく、この懸念はレイシズム的思考或いは単なる時代遅れと言わざるを得ない。

『4.構想相手の中国への不信感・懸念・脅威』との指摘について。
 この懸念に至っては、政治的統一化というありもしない政策をでっちあげてのマッチポンプに過ぎないと認識する。したがって、論評の価値を感じない。ただし、政治体制の差異や歴史問題は、双方に相手に対する不信感を抱かせている問題であり、これに関しては今後経済或いは文化的交流の発展により、新たな信頼感を築き上げていくべきであると考える。
 
 ここまで、世界的経済一体化潮流、その中での日本と中国の政策、日中FTAの有益性、日中自由貿易を含めた日中一体化政策への反対意見の引用とそれへの反論を行ったが、最後に私の意見を述べる。
 グローバリゼーションが不可逆的に深化し続ける趨勢にある現在、それ自体を阻止することはできないのは、北東アジアに存在する鎖国的政策をとり続ける国家の例を出すまでもなく、自明の理である。であるからには、グローバリゼーションの風に積極的に飛び込み、かつそれを我が順風にしなければならない。そして周りを見れば、日本と一衣帯水の隣国中国は、まさにグローバリゼーションの中で目覚ましい経済成長を遂げ、世界経済の牽引役になろうとしている。
 中国国民革命の指導者、孫中山がわれわれ日本人に、「今後日本が世界文化の前途に対し、西洋覇道の鷹犬となるか、或は東洋王道の干城となるか、それは日本国民の詳密な考慮と慎重な採択にかかるものであります」と迫って以来、既に80年近くが経つ。その後の日本の選択は、日中両国国民に不幸をもたらすこととなり、一時は交流がほぼ途絶えた状態となっていた。このグローバル化という時代転換期に、日本と中国が、ともに世界経済の主要プレイヤーとして存在する今、孫中山の問いかけを思い返し、東アジア今後百年の繁栄を考えるべきではないだろうか。
 

参考文献
≪日本のFTA戦略≫外務省
門倉貴史中国経済の正体≫講談社現代新書
≪中国共产党章程≫人民出版社2002年
陈健安≪中韩日贸易协定(FTA)的可行性及其经济效应≫复旦大学经济学院
山田博文・王雪初≪東アジア経済共同体と日中経済関係≫群馬大学教育学部紀要