農と命

文化構想学部1年 室崎雄志

最終章に当たる本章では、前章までの内容を踏まえた上で、日本農業の衰退原因である「人材」の不足、「土地」の非効率活用を解消する政策を示したい。

現在この二つの問題を解決する手段としてさまざまなところで議論されているのが企業による農業参入である。企業を受け入れれば、耕作の面でも効率化が進み、加工や販売といった分野まで進出しての効率的な経営も期待できる。さらには雇用の創出にもつながる。企業の農業参入は「土地」「人材」の問題を解決する可能性を秘めており、確かに日本農業再生の契機となりうるのである。
しかしながらここで注意しておかなければならないことがある。過去の企業の農業参入例をみると、ワタミなどの成功企業の陰で、ヤナセオムロンユニクロなどの企業は参入後数年で農業事業から撤退、無残な顛末となっている。これには技術の不足により、予想をはるかに下回る収益しか上げられなかったことが主な原因とされているが、実際問題としてこれらの企業は「10年、20年先を見据えて農業に取り組む」と銘打っておいて、わずか2、3年で撤退してしまったのが現状である。
 水利を共有する農業の場合、失敗して農地が放置されては周辺農業が被害を受けてしまう。あるいは地力収奪農業をやられたら、長年にわたって回復困難になる。そしてまた、農業生産法人を騙って産業廃棄物投棄を狙う業者が頻出したことも事実である。簡単に農業参入を許してしまっては日本農業回復の契機どころか、日本農業衰退の契機となりかねない。企業の農業参入を推進するにはクリアしなければならない問題がいくつか存在するのである。
 
まず考えなければならないのは、そもそも企業が参入する土地があるのかということだ。確かに日本の耕作放棄地は年々増加傾向にあり、土地はいわば「余っている」状況にあるのだが、実は農業に関しては「売買、貸借を通じて、農業生産に長けたものに農地が集まる」という市場経済の競争メカニズムが働いていないのも事実なのである。
「農業の大規模化をするべきである」これは、日本の自給率が低下していくなかでとなえられた一種のスローガンである。農地を集積し、大規模な農業経営が可能になれば、効率化が進み、コストダウンや農家の人手不足解消もできる。そのため、政府は品目横断的政策などの政策をとることで、農地の集積を図ってきたが、スムーズに進んでいないのが現状だ。このことも上記のメカニズムが働いていないことが原因の一つに挙げられる。
 これはどういうことであろうか。少々具体的に見てみよう。国土の狭いわが国では農業的土地利用と都市的土地利用がしばしば競合し、農山村部でも公道や大型施設が建設されることがある。その場合農地を農外転用するのであるが、ここに問題がある。農地を農外転用する場合、農地の価格は少なく見積もっても収益還元価格の30倍に跳ね上がるのである。
 現在農地の四分の三は零細農家によって営農されている。このうち主業農家(農業所得が農家所得の過半を占め、65歳未満で年間60日以上農業に専従する者がいる農家)は15パーセントに過ぎない。残りは農業生産性に劣る高齢農家や、兼業農家がほとんどであるが、彼らは転売による莫大な利益を考え、耕作放棄をすることはあっても容易に農地の貸し出しや売却に応じず、そのことが結果的に多くの耕作放棄地を生み出すこととなった。
 こうした理由によって農業生産効率の高い農家に農地が集積しない状況は、「農地の流動化の遅れ」といわれ、日本農業衰退の原因となっている。
農地の流動化が遅れている背景には、農地行政の組織上の問題があると考えられる。農地行政の末端を担うのは、市町村に設置される農業委員会である。農業委員会は、そのほとんどを在住農家から選出しているため、営農意欲の低い零細農家が圧倒的多数を占めている農家の現状では、農業委員会は農業そのものの利益よりも、零細農家の利益、とりわけ転用によるキャピタルゲインに迎合した規則の運用がされがちである。農業委員会にとって農家はいわば身内であり、なれ合いのために法律の運用がゆがめられ、法律によって規制がかかっているはずの農地転売が頻繁に行われているのである。
 よって、ここで重要になってくるのは法律の不備の問題ではなく、運用が尻抜けになっていることである。
 2000年の農業センサスによれば、平地農業でさえ耕作放棄率は4%近くに達する。(しかも、調査から漏れている耕作放棄地がかなりあると予想されるため、実際にはもっと高い数値となることが予想される。)平場のように潜在的な借り手や買い手があるはずの場所でも耕作放棄が蔓延しているのは、営農意欲を失っても将来の転用を当て込んだ資産的保有動機で農地を手放さず、またそういう地権者エゴに迎合して農業委員会や行政が何も手を打たなかったことが原因である。
 また、本来ならば不在地主化(農業をやめて離農すること)した場合には、原則農地所有権を取り上げないといけないのだが、この規制もキチンと運営されていない。不在地主は農地を耕す意欲や能力を失い、漫然と耕作放棄をしてしまう場合がすくなくない。しかし、農業委員会は違法の可能性が高いとわかっていても、精査はしない。当該農家は不在地主化していても親戚、縁者が農村に残っていることが多いので彼らに遠慮するのである。
 しかし身内である旧来農家への甘さとは対照的に、農業委員会の新参者への態度は厳しい。農地法に基づいて農地を貸借・売買しようとする際にも農業委員会の承諾が必要だが、ここでも新規就農者や、集落以外からの参入には、過度に慎重になるといわれている。
 確かに水利を共有する日本の農業では、個々人がめいめい気ままに農業をやっていては成り立たない。しかし、こういった慎重さが確実に農業から活力を奪っているのだ。 
 農地問題の焦点はいかにして利用規則の運用を公明正大にするかにかかっている。そのためには個々の地権者のエゴをどのようにして抑え込むかが焦点となる。では具体的にどうするのか。まずやるべきことは地籍を正確化することである。農業センサスでさえ不在地主の農地が調査漏れになっていたり、耕作放棄地が正しく把握されていなかったりと、記載と現状が違うという問題が蔓延している。まずはこれを是正しなくてはならない。その上で、農業委員会と地域農家との癒着ともいえる状況を打破するために、国や、都道府県といった、土地の農家と癒着が起きにくい第三者による監視が必要となるだろう。

 以上のようにして農地の流動化が促進されたとすると、企業による農業参入の残る課題は、?農業以外への転地 ?技術不足による収益低迷による早期撤退 の二つをどのように防ぐか、ということがあげられる。ではそれぞれどうやって解決策を模索していけばよいのであろうか。

1.に関しては、「企業参入後の農地の監視体制」が重要となってくる。現在でも市町村の農業委員会が定期的に農地の状況を調べているのだが、管理の甘さが原因で農地転用を見逃すことが多い。また、私有財産制度の観点から農地の利用法について行政が口を強く出せないことも事実である。
管理の甘さに関しては、国なりもっと広域の自治体がこれを管理することで解決できるであろう。農地の不正利用に関しては、企業参入に関して罰則等のガイドラインを綿密につくり、違反した場合は公正に罰則を与えるべきであろう。

2.に関しては、参入企業への徹底した技術教育によって解決できるであろう。一例をあげると、群馬県の市では、新規農業参入者を対象に農家育成プログラムに取り組んでいる。これは、年70〜80回に及ぶ栽培研修や、ベテラン農家に協力を依頼してのきめ細やかな実践的な栽培指導の実地、容易なものから難度の高い作物へとステップアップしながら栽培できるプログラムにすることで、高難度の品目に取り組むことによる収穫量の極端な低下を避け、農業離れを防ぐものである。このプログラムを農業参入企業にも広く適用すればよい。現在でも技術養成の研修を受けることが義務付けられているが、それだけでは不十分なのが現状である。研修の回数、ならびに質を向上させる必要があるのである。

1.・2の政策の方向性は、まったく異なった話題ではない。2の徹底した企業の農業技術育成、栽培指導を行うことは、同時に農地転用への監視となり牽制となる。書類の上だけで管理体制を整備するだけでなく、実際の行動とリンクさせることで、機能する。
 
以上の政策をとることで企業が農業に参入しやすくなり、またドロップアウトしにくくなると考える。そして、優良な技術を有する企業が農業に参加することで日本の農業は現在の低迷から脱出できるものと考えている。

 我々の生の源である食。その食がこれからも安定して供給され続けることを願って、本コンテンツを終了したいと思います。