『I was born.』 商学部1年 大谷麟太郎

【序】
 人間は自分が生まれる環境を選ぶことができない。「生まれる」というのは能動ではなく受動の行為である。まさに「I was born.」である。それならば、たとえばある人が生まれた国が発展途上であるからといって、それで人生が決定されるのは不条理ではないであろうか。しかし、これは現実に起きていることなのである。私は人間に生まれた以上、己の目標の高さや能力によって必要な努力の度合いに差が生じることはあっても、自分の人生の目標を自分の意思で定め、そこに向かって努力し、実現しうる機会がすべての人に与えられている社会こそが理想であると考えている。しかし、先に挙げた発展途上国では、例えば乳幼児のうち6人に一人は5歳の誕生日を迎えることができない。たとえ生き残ったとしても子供のうちから労働に駆り出され学校にも行けない。仕事と言えば痩せた農地を耕す生産性の低い農業くらい。それすらできない人は犯罪に走る場合もある。今日を生きるので精いっぱい。こんな状態で自分の人生の在り方、すなわち自分の将来のことなど考えられるはずがないのである。私はこうした現状が今なおこの地球上に存在しているという事実に対し、激しい憤りと強烈なる問題意識を抱くのである。本コンテンツは、ただ途上国に生まれたというだけの理由で人生の選択肢の幅が狭く、それどころか今日を生きることに忙殺されている途上国の人々がこの苦境から脱し、主体的な人生を歩むことのできる社会の実現を目的とする。

【問題提起】
 それではある地域において「人生の選択肢」がどれほど確保されているのかはどのようにして測ればよいのであろうか。これについて私は今回、「人間開発指数(Human Development Index)を用いることとした。これは一人当たりGDP識字率および就学率、平均寿命から算出される指数で、国際連合開発計画(UNDP)によって毎年発表される。これは金、知識、命という人間が人生の在り方を選択するにあたって何よりもまず必要となると考えられる基本財がどれだけ確保されているのかを測る指標である。したがって、HDIの低い地域=人々の人生の選択可能性が少ない地域と定義することができるのである。
以下に、UNDPによって発表された2009年人間開発報告書に記載されている、2007年において人間開発指数が世界で最も低かった国を挙げる。なお、人間開発指数は1~0の数字で表され、数が大きいほど「選択可能性」が高いことを意味する。

上記24カ国のうちアフガニスタン東ティモール以外の22カ国がサハラ砂漠以南のアフリカ、いわゆるサブサハラの国であることが分かる。このことから今回はアフリカ大陸を主な対象として分析を行い、政策提言をしていく。


【社会的重要性】
 ここまで読んでいただいて、「途上国、とりわけ日本から遠く離れたアフリカがどんな状態であろうと日本に関係ないではないか」とお考えになった方がいるかもしれない。しかし、途上国の経済が成長すること、すなわち貧困問題が解決することは我々の住む先進国にとってもメリットがある。
第一に市場メリットである。アフリカ大陸には2009年現在約10億1000万の人口がある。すなわち、世界人口の約14.7%を占めるこの地域を潜在的な市場として捉えることができるのである。実際、サブサハラ地域の人々のうち約27.7%に当たる約2億8000万人が1日1ドル未満で生活しているのである。こうした人々の生活が改善され、購買力が増強されれば必然的に市場規模も拡大されるのである。また、こうした人口は豊富で安価な労働力としても捉える事が出来るのである。
 次に、石油やレアメタルなどの天然資源である。例えばレントゲンなどの医療分野で用いられるコバルトは約49%、工業用品としては電極や排ガス浄化などに使われるプラチナは約88%、主に電池に使われるマンガンは約77%、製鋼添加剤や半導体に用いられるバナジウムは約32%がアフリカから採掘されたものが供給されている。アフリカの貧困や政情不安が解決されることで、こうした資源の安定的な供給にも期待することができるのである。

【現状分析】
 それでは具体的にアフリカの現状を分析してゆく。
 先ほど述べたとおり、アフリカでは約2億8000万人が1日1ドル未満、すなわち食糧を確保できるかどうかさえわからないような生活をしている。ちなみに国際連合は1日1ドル未満で生活している状態を「貧困」と定義している。
一般的に所得は労働することで向上するが、人々の所得水準が低いことは購買力が弱いことを意味するため市場規模が小さく、雇用機会が少ない。実際、失業率は平均約40%と高水準である。働き口の拡大には工場などの生産要素が必要となるが、歳入の大部分をODAに頼るなど国内に財が確保されていない途上国の自前による生産要素の調達は困難であり、解決できていないのが現状である。この状況に対する打開策として、海外直接投資(FDI)の有効性が注目されている。直接投資とは為替や証券などの金融投資(間接投資)とは異なり、例えば先進国に企業が現地に工場や事業所などの生産拠点を設けることである。単純にお金を援助し続けるODAとの違いは生産要素の設立により雇用が生まれ、そこで知識や技術の移転が行われ、途上国側の将来的な自立を促すことができる点が挙げられる。また間接投資との違いは実際に工場を現地に作ることになるため安易な撤退がしにくく、ロシアや東アジアでホットマネー(投機的な短期資金)の流入が引き起こしたような経済危機を起こす危険性が少ないことが挙げられる。
しかし、対アフリカ直接投資額はアジアや中南米に対する投資額のおよそ5分の1と少なく、アフリカの経済活性化には至っていないのが現状である。

【原因分析】
 「投資が伸び悩んでいるのはアフリカには魅力がないから」ではない。先に挙げた市場・労働力・資源という魅力が存在するのである。それではなぜ、投資が伸び悩んでいるのであろうか。JETRO日本貿易振興機構)が行なった、「在アフリカ進出日系企業実態調査」によると、大きく分けて以下に掲げる2つの問題点が挙がった。
1.現地の法律や制度が参入する際の制約となっているなど、途上国の側で外資受け入れの準備ができていない点
これは現地と先進国との間で事務様式が異なっていて手続きが煩雑であったり、例えばこちらの窓口で許可が得られた事業に対し、別の窓口から許可が下りず事業が中断させられるケースがあるなど行政機構が未成熟で窓口レベルまで制度の運用基準が統一されていなかったりといったことである。さらには利益が出始めた途端に工場を国有化されるといった事例も存在する。
2.現地の人々が最低限の教育さえ受けておらず、人材の確保が困難であるという点
これについては実際、成人の平均識字率は63%と文字さえ読めない人が4割に上り、文字が読めないと工場機械を操作できないなど業務に支障をきたすため、専門的な職業訓練とは別に、企業が自主的に教育をする必要がある地域も存在している。識字率によって端的に示される「知識」に関しては人間開発指数の構成要素でもあるように人々の人生に対する選択可能性の幅に大きな影響を与える要素であると考えられるため、UNICEFによって学校が設立されるなどの教育面での援助がおこなわれているが、サブサハラのすべての人が読み書きできるようにするために必要な教員の数が約1600万人、教材費や教員への給与など諸経費を合わせて年間約1兆円が必要とされているが、先進国から拠出される教育分野への援助額は4600億円と、半分にも満たないのが現状である。

【政策提言】
 この問題に対し私は以下の政策を提言する。

1.海外直接投資活動支援
まず途上国への開発支援に実績があり、国際的信用の高い世界銀行が一般投資家から資金を調達し、その資金を安価な労働力に期待する製造業や建設業などアフリカへの進出に直接的なメリットがある企業に融資する。この資金調達方法は個人レベルの投資家や直接アフリカに参入するメリットの少ないような業種の企業にも投資への門戸を開くことができるので、投資金額の拡大につながる。また、数多くの投資家と企業が投資リスクを分散して負担することになるため、投資家にとって資金を投入しやすい環境となる。また、法制度の問題に関して途上国政府に対し外資参入によるメリットを提示することで制度改革するよう交渉、助言をしたうえで、企業経営者の責任に帰さないような不測の事態に対して現在世界銀行が行っている、投資額の5割から8割を保障する投資保険を用いることでさらに投資リスクを小さくすることができるのである。
2.開発環境整備
世界銀行は開発環境整備の一環として、国連諸機関による支援事業、および必要に応じて企業の技術訓練事業に対しての資金提供を行い、財源を補う。国民の教育水準の向上と技術訓練の負担軽減により企業が現地で人材を確保しやすくなり、労働力確保の問題が解決される。これはすなわち労働者の側にとっても雇用機会の拡大であり、貧困からの脱却の糸口となるのである。
そして投資拡大による企業活動の活性化は国全体における雇用創出につながり、所得向上による購買力の増強、それに伴い市場規模が拡大するのである。これはすなわち、人々の人生の選択可能性の拡大を意味するのである。
3.内需喚起
以上に掲げた2つの政策により途上国への投資額が拡大し、途上国は経済成長を遂げることができる。しかし、途上国において生産された安価な製品が先進国に流入することは、先進国において問題を引き起こす可能性がある。それは例えばワーキングプアや失業者といった雇用に関する問題である。

「日本企業もグローバル化競争を勝ち抜くために、従業員を解雇しやすい労働法制をもつ米国企業を強く意識した経営に取り組まざるを得なくなりました。九〇年代の労働者派遣自由化の流れや、今議論の的になっている〇四年の製造業への派遣解禁にはこうした背景があります。経済のグローバル化が進めば進むほど景気の振幅は大きくなる傾向があり、日本企業はそれに備えるため人件費の変動費化を急ピッチで進めました。結果、できたのが働く人の三人に一人が派遣やパートなどの非正規社員という、新しい労働構造でした。」
日本経済新聞社編『働くニホン 不安の時代をどう生きるか』2009年)


すなわち、安価な労働力を求めて生産要素を途上国に進出させると、先進国内において雇用機会が減り、非正規労働者や失業者を生み出してしまう可能性があるのである。
これに対して私は内需喚起型の経済成長を志向する政策を掲げる。現地に参入した先進国の工場では、輸出ではなく現地で消費する製品を主に生産するのである。これは先進国企業と現地の金融機関との提携によって可能となる。具体的には工場設置による雇用創出と現地金融機関によるマイクロクレジット低所得者向け少額融資)によって現地の人々の購買力を高め、現地の内需を喚起するのである。ここで生産される製品は現地向けの製品であり、輸出に回すことはない。すなわち先進国に安価な製品が流入して雇用問題を引き起こすこともないのである。
【結】
 人間は自分の生まれる環境を選ぶことができない。それならばその環境を改善してやればよいではないか。幸いにして現代はグローバル化社会である。国家間のつながりが密接になったことで、可能になった方法があるのである。見られる夢が、守れる将来があるのである。先進国だけでなく、途上国だけでなく、世界中どこに生まれようとも主体的な人生を歩むことのできる、そんな社会を目指そうではありませんか。


今回は途上国の経済的貧困という側面に対しての包括的な解決策を提唱した。今後はより具体的に、医療、教育、現状の主産業である農業や、紛争やバッドガバナンスといった個別の問題へのアプローチも行っていこうと考えている。

皆様のご精読に感謝いたします。

【参考文献】
ジョセフ・E・スティグリッツ『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』
徳間書店2002年

足立文彦『人間開発報告書を読む』古今書院2006年

ブーブル・ハク『人間開発戦略 共生への挑戦』日本評論社1997年

豊田俊雄他『発展途上国 成功と挫折』洋販出版1985年

ロバート・ゲスト『アフリカ 苦悩する大陸』東洋経済新報社2008年

日本経済新聞社編『働くニホン 不安の時代をどう生きるか』
日本経済新聞出版社2009年

人間開発報告書2009
広辞苑第五版
日本経済新聞
日経ビジネス
国連開発計画 東京事務所HP  http://www.undp.or.jp/
外務省HP  http://www.mofa.go.jp/mofaj/
日本貿易振興機構HP http://www.jetro.go.jp/indexj.html