第四弾:オーナーシップ・参加型開発の現状
国際教養学部2年 鶴渕鉄平
序
前回は、貧困層の生活改善のために、自助努力の重視と適切な評価・助言に基づく発展戦略が必要であることを導き出した。今回は、その戦略の在り方を考察するために、オーナーシップ・参加型開発という、解決方向性に沿う理念で進められている世界銀行のPRSP(Poverty Reduction Strategy Paper, 貧困削減戦略文書)を分析する。
PRSP(Poverty Reduction Strategy Paper, 貧困削減戦略文書)とは
PRSPの経緯
PRSPは、1980年代から世界銀行・IMFにより実施された構造調整貸付が効果を挙げなかったことを受けて90年代末より新たに行われるようになった融資政策である。
構造調整貸付は、融資を受ける条件として為替レートの自由化や統制価格の撤廃、金利の自由化など、経済の自由化を急速に推し進めさせるものであった。しかし、サブ・サハラ・アフリカ諸国の市場の未発達さなどを原因に、構造調整貸付は貧困削減にも経済成長にも寄与できなかった*1。
PRSPの理念
PRSPを支える理念として、「オーナーシップ」と「参加型開発」がある。
「オーナーシップ」は、援助受入国政府の主体的かつ主導的な関与を意味する。外部から押し付けられた開発から良い決壊は生まれないことはすでに自明となっており、開発努力が成功するためには、援助受入国がそのプロセスを自ら「所有」しているという意識(当事者意識)を持ち、国民の合意を得てそれに取り組まなければならない。PRSPはオーナーシップを実現させるために考案された手段だと言え、受入国が作成し、国内の貧困の削減に向けた政府自らの戦略を示すものである。
「参加型開発」という言葉は、「開発には多くの利害関係者が関わり、その全員の意見を聞くことにより、開発プロセスは弱まるのではなく、逆に強化される」という考え方を示す。この考え方は、構造調整貸付の条件が世銀主導で決められ、借入国の意見が十分に反映されていないという批判に応じて浮上してきた。このテーマの普及により、国際開発機関、政府、ドナー、そしてNGOや貧困者自身を含む市民社会など、あらゆる主体が利害関係者であると考えられるようになった。また、開発のターゲットとされる貧困者の主体的な参加はもちろんのこと、NGOなど、従来はオブザーバー的な立場に置かれていた利害関係者を開発プロセスに参加させることも重要とされる。
PRSPの目的
・貧困削減が思うように進まない現状を打開すべく、低所得国における貧困を削減する。
・債務削減対象国の認定や融資の決定にあたり、政策改善などの必要条件を満たしているかどうかを判断する資料とする。
PRSP作成の必要性
・公共政策の議論において、貧困者のニーズが最優先される必要性がある。過去数十年の積極的な取り組みにもかかわらず、貧困や不平等は依然として途上国における深刻な問題となっている。
・過去の経験から、長期的な開発と貧困削減には、「市民社会」及び民間セクターとのコンサルテーションを踏まえた、途上国自らの主導による社会変革が必要であると考えられる。
・PRSPの作成により、途上国は、より明確なビジョンと計画に基づいた貧困削減に取り組むことができる。
PRSPの6つの基本原則
PRSPは、以下の6つの原則に基づいて作成と実施が行われることが期待されている。
①当該国主導:経済運営は、あくまで途上国自らの判断で行われることが必要と考えられ、作成に当たっては、当該途上国の主体性が重視される。また、NGOなども含めた参加型プロセスによる作成が求められている。
②結果重視:途上国の貧困の現状分析、要因の分析を通じて、ミレニアム国際開発目標達成につながるような政策手段や指標を選択する。
③包括性:包括的な貧困への対応を重視。このためマクロ経済だけではなく、構造問題、主要経済セクターについて問題を分析し、対応を検討する。
④優先付け:制度、機構及び財政の観点から、より実行可能なPRSPの導入を目的とし、優先付けを重視した戦略の策定を行う。
⑤パートナーシップ:当該途上国は、国連、地域開発銀行、その他の多国間・二国間援助機関、NGO、学界、研究機関、企業とのパートナーシップへの積極的な取り組みが求められている。
⑥長期的取り組み:貧困削減には長期的な取り組みが重要であり、必要に応じ、中間目標の設定も求められる。また場合により、援助供与国も中期的なコミットメントを行うことが求められる。
PRSPの問題点
理念で謡っていることと実際の中身の差異
PRSPは、各国が、援助国・国際機関の支援を得つつも、自らが貧困削減を実行する主体であるとの自覚(オーナーシップ)を持ち、各国の事情を考慮して作成することを想定している。しかし、その一方で世銀は、PRSP作成のガイドブックとして、非常に分量の多い「ソース・ブック」を作成している。そのうえ、PRSPが各国で策定された後、提出されたPRSPの評価を世銀やIMFが共同で行い、そこでPRSPが承認されて初めて融資が実行される。ゆえに、オーナーシップは謳われているほどの現実性が保証される環境にないとの懸念がある*2。
構造調整貸付の政策を大きく引き継いでいる点
PRSPは、上で述べた「ソース・ブック」において、構造調整貸付と同じくマクロ経済の安定や自由化の推進を主要な要件として掲げており、見せ掛けの改革に過ぎないのではとの批判があがっている。UNCTAD(国連貿易開発会議)は、PRSPは斬新なアプローチではなく、古いタイプのコンディショナリティ(条件付き貸付け)であり、普遍的な貧困を抱えている貧困国にとっては有効ではないとしている*3。オックスファムが12カ国で作られたPRSPを詳細に点検した報告がある。それによると、「ソース・ブック」に示された「貿易の自由化促進」という要件について、貿易自由化が貧困問題に与える影響について触れたのは4つしかなかった。そのうち、貿易自由化の悪影響を緩和する政策まで盛り込んだのは2つしかなかった。また、輸入自由化によって、国内の分配構造がどう変わるかをわずかでも分析したり、自由化のスピードや設計、順序について代替案を検討した文書は1つもなかった。世銀・IMFが無批判的に前提としている「貿易自由化は経済成長にとって良いものであり、貧困改善にも役立つ」という思想を問わない限り、貧困削減について新たな論理を持ち出したところで政策の中身は変わらないだろう、とオックスファムは結論付けている。
優先順位の問題
PRSPは、包括的なアプローチに優先順位をつけて実施していくことを原則としているだが、その原則が実際は導入されていないということで批判があがっている。先に述べたオックスファムの研究でも、自由化についての順序は十分には考察されていないとの結果が示されていた。世銀・IMFは、原則として掲げているだけで具体的どのように優先順位をつけるかについては述べていないのである。
もともと、構造調整貸付は、為替・外資・金利・貿易の自由化や民営化・規制緩和などの政策を一斉に実施させるものであった。そして、構造調整貸付に依らずに漸進的な国内改革を実施した東アジアの成長と比較して、急激な自由化が成長を阻害したと批判された。それゆえ、PRSPにおいて包括性を要請していながら、優先順位について何も関わらないのでは、構造調整貸付の二の舞になる恐れがある。
世銀縮小・解体論
そもそも、銀行の一種である世界銀行が、一国の社会変革に関わることがおかしいのではないか、との批判もある。以下はその批判の要点である。「広範な変化の追求を正当化できるほど世銀のビジョンは多大しいのか、世銀は問題の複雑さを把握しているのか、世銀のイデオロギーや独善的な姿勢はこうした疑念を強めている」*4。世銀の最大株主であるアメリカ政府からも「世銀の活動範囲は広がりすぎており、そのために中心目的に集中できなくなっている・・・。新規の貸付や無償援助を承認する前に、「この決定がどのようにして1人当たり所得を増加、あるいは生産性を向上させるか」を問う必要がある。」と批判があがっている*5。そして、「政策付き融資を止め、より小規模でより民主的、透明性のある融資機関に世銀を改変し、クリーンエネルギーの利用などのような各国に役立つ活動に融資の幅を限定するべきだ」との世銀解体論もあがっている*6。
結び
貧困国のオーナーシップ、そして参加型開発を志向しているPRSPは、自助努力に基づき発展を遂げるために有効な手段である。今回踏まえた問題点、即ち
①理念との乖離
②構造調整貸付との差異のなさ
③優先順位付けの問題
を踏まえ、それらの解消に寄与し、発展につながる貧困削減戦略・政策を、次回に提示する。
このコンテンツは連載形式です。連載一覧は、こちらへ→http://www.yu-ben.com/2006zenki/contents/top%20page%20all%20members.html(早稲田大学雄弁会HP内)
*1:構造調整貸付が実施された背景と、その結果について、より詳しくは、以下をご参照ください。早稲田大学雄弁会HPhttp://www.yu-ben.com/frame.htmlにおける、構造把握研究会『蒼い星』 レジュメ「サブ・サハラ・アフリカと世界市場の関わり」http://www.yu-ben.com/2006zenki/kouzouhaakukenkyukai/aoihoshi/tsurubuchi1.html 【アフリカの世界経済統合】の章。また、構造調整貸付からPRSPにいたる変遷について、より詳しくは以下をご参照ください。早稲田大学雄弁会HPhttp://www.yu-ben.com/frame.htmlにおける、政策研究会『ONE WORLD』 レジュメ「PRSP」http://www.yu-ben.com/2006zenki/seisakukenkyukai/one%20world/tsurubuchi%20prsp.html 【貧困削減戦略にいたるまでの背景】の章
*2:黒崎卓 山崎辰史『開発経済学 貧困削減へのアプローチ』(2003 日本評論社)P.182
*3:秋山孝充 秋山スザンヌ 湊直信『開発援助戦略の変遷と展望 〜世界銀行の動向と日本〜』(2002 国際開発高等教育機構 国際開発研究センター)P.103)
*4:秋山孝充 秋山スザンヌ 湊直信『開発援助戦略の変遷と展望 〜世界銀行の動向と日本〜』(2002 国際開発高等教育機構 国際開発研究センター)P.103
*5:Washington Post, 2001:E1
*6:月刊オルタ 2005年12月号