第三弾:市民連帯に基づく現在の取り組みと問題点

政治経済学部2年 山田麻未


これまで、派遣労働者の増加、格差拡大はリスクの個人化そして新自由主義的な現在の改革にあると指摘して参りました。「20年遅れのサッチャリズム」とも言われる現在の一連の改革ですが、そのサッチャリズムは、所得格差の拡大、公的医療・教育の荒廃といった問題を生じさせたのであり、この問題に我々も直面することは目に見えるのであります。前回のコンテンツで述べたように、政府は財政が逼迫しており、中間共同体も国際的な競争にさらされているため、大きな政府の実現、手厚い保護をすることは困難な状況なのです。

今日の時代状況

現在、製造業が高度情報化技術を取り入れて、①生産プロセスと経営プロセスを抜本的に改変し、②ソフトウェア産業(金融、通信、映画、情報など)が経済の中心部に躍り出る、ポスト工業化社会を迎えています。
予測可能性が高く、安定していた「日本型システム」は工業化社会には適しており、急成長を遂げましたが、ソフト化・サービス化したポスト工業化社会、「知識」が重要となって来る社会を迎え、硬直的な日本型システムは不適なのです。企業にとって、社員に長く働き続けてもらうことの価値は下がり、必要な人材を適宜適応するように調達することが可能に、また有利になり、ますます雇用は流動化していくでしょう。
また、日本型雇用慣行は拡大していくことを前提に設計されているので、低成長の今日維持していくことは不可能であることは、前回のコンテンツでも申し上げました。


また、先進諸国の高齢化率の推移の将来予測を見ると、高齢化率が10%から20%に上昇するのに、フランス77年、英国75年、ドイツ70年、米国56年要すると見られるのに対し、日本は1985年から2006年のわずか21年間しかありません。


前回までに、予測可能性の高い生活の維持が「現在」不可能になった過程を述べてきました。そしてここでは時代状況を踏まえて「これからも」それの実現が不可能であることを述べさせていただきました。それでは、ここまでのことを踏まえた上で、私たちはどのような方向性を志向することで「リスクの個人化」という問題に対処していくべきなのでしょうか。


解決の方途として――勃興するNPO

リスク緩和の役割を果たすことが、政府もだめ、企業や家族・地域コミュニティなどの中間共同体もだめとなったら、近年力を持ってきている共同体として市民団体がありますが、それらの力を利用することはできないのでしょうか。

平成16年度の国民生活白書にあるように、国もNPOの活動を、
・ 地域の活動は住民の事情にあった暮らしに必要なサービスを提供
・ 区に及び地方の長期債務残高が増加する中、住民へのサービス提供に寄与
・ 市場に供給されにくいサービスを提供する
・ 生きがいを生み出す
・・・などと高く評価しています。

経済産業研究所の調査によると、NPO法人認証数の累計は、1999年に1176件だったのが、2005年には24763件にも上っています。活動分野で申しますと、「保健、医療、福祉」分野が38.7%と最も多く、「環境保全」「学術・文化・芸術・スポーツ振興」「街づくり」と続き、多様な活動を展開しています。NPOの国内生産額は、6941億円(2000年ベース)にものぼり、またその生産誘発効果、雇用創出効果についても、その勃興については大きく期待を寄せられています。

NPOの足りない点

細やかなニーズに対応し、政府の財政が破綻しかけた現在、NPOの活動は特効薬家のように見えます。しかしそれのみにまかせるにも問題点が挙げられます。
NPOフィランソロピー活動において著名なレスター・サラモン教授は「ボランタリーの失敗」という理論を提唱しており、そこで、「ボランタリー団体を、共同財提供メカニズムたる政府の内在的限界による“政府の失敗”の穴を埋める副次的な機構として扱う」ことを批判しています。
NPOや市民活動が、政府や市場の下請けと化し、リスク社会を生み出したネオリベラルな方向性を結果的に助けることとなっているのではないか、という批判については、構造把握研究会「ライフ・イズ・ビューティフル」のレジュメにおいて詳述しておりますので、そちらも一読頂けると幸いです*1

また、NPOの足りない点として、多くが寄付に頼るボランティア活動では、十分な資金が集めにくく、ゆえに継続した活動が続けづらい。篤志家(ボランティアに参加する人)の存在する地域と、援助を必要とする地域がかけ離れている。恐慌時のように、問題が起こったときに篤志家側も打撃を受けてしまう場合がある。特定の層や問題に強い関心を寄せられるのが自主的市民組織の長所だが、同時にそれは重要な層や問題をなおざりにする危険もはらむ。・・・などがあります。
これらの問題点は要するに、NPOが個人の自発的な共助であるがゆえに、ユニバーサルな、普遍的な支援ができないのではないか、ということでありましょう。

目指すべき方向性

ここで私たちが目指すべきなのは、政府、市場や中間共同体とNPOが連携し、シナジー効果を生み出す関係性を構築することではないでしょうか。
四つのセクター(政府・市場・コミュニティ・NPO)の組み合わせについて、ドイツの政治学者のエバースは、「シナジェティックミックス」という提言をしています。今、グローバル化の波を受け変革を迫られた社会民主主義のヨーロッパの中で、「市民社会民主主義」というものが出てきています。これまでの社会民主主義が政府中心的だったことに対して、市民社会民主主義とは、シナジェティックなミックス、ベスト・ミックスを目指す社会民主主義なのです。

「包含」という概念

福祉の担保が難しくなったが、個人のリスクは減少させなければならない。そこで目指すべきはワークフェアの方向性です。「人的資本への投資の原始を提供する」能動的な、ポジティブな福祉をこれからは目指すべきなのです。新自由主義者が「高福祉は依存を生む」というのも、欠乏を補う旧来のネガティブな福祉であるがためであります。ポジティブな福祉は「投資」であり、福祉にお世話になる人を少なくすることは結果として福祉財政破綻の防止に最も適切な方策でしょう。




ワークフェア社会へ――The End of Welfare as We Know it

ワークフェアとは、work for welfareの略であり、働くための福祉と訳すことができるでしょう。雇用の場に人々を包含することで、先に述べたポジティブな福祉を実現していこうというものです。

雇用機会を従前に担保し、ワークフェア社会を実現させるための大きな枠組みとして、以下のような構想が考えられます。

職業訓練施設の整備・充実を図る。
② 転職や職を辞めての学びなど、リスクに挑戦する際の生活費の保障。
③ 採用時における年齢による差別を禁止し、ゆくゆくは定年制を廃止する。
④ 政府業務の一部をNPO地方自治体に委託する。
NPOなどへの寄付を税額控除扱いとし、NPOの雇用を増やす。

以上の方向を実践することで、雇用の流動化が進み、失業の憂き目にあった時も、異職種への再就職をする時も、それが大きなリスクとなりません。
工業化社会から知識社会へと転換を遂げている現在において重要なのは、人間の創造力であります。知識社会の生産決定要因である人材の育成、教育こそが必要になってくるという点においても、ワークフェアの方向性が現在の時代の要請と一致していることが分かりましょう。
失業や、自らがやりたい仕事があり異職種に転職したい場合があったとしましょう。そのためには大学に通い勉強しなければならない。そのような時、生活費や学費、(現在、就職が新卒に有利であるため)年齢がネックになり実行が難しいのが現状でしょう。しかし、彼らが学び、スキルを付けることがリスクではなく「チャレンジ」として可能になれば、結果として経済社会に寄与できるのであり、それが出来ない現状は人材・能力の大きな損失となっているのです。


2006年の国民生活白書によると、
・職業生活の充足度に関する調査では、いずれの年齢層においても、「転職」「高齢者・障害者の就業」の充足度が低い数値であること
・「中途入職率・離職率に趨勢的な変化は認められな」く、「転職率の変化は主にパート・アルバイト比率の上昇によるもの」であること
・「適職を探す若者」の数は2004年で558万人と増加していること、
・正社員を希望するパート・アルバイトを中心に転職希望者が増加していること
・適職探しに成功する人はそれほど増えていないこと


が述べられており、生活の安定を確保しながら雇用を柔軟にし、マッチングを進めていくこと求がめられていることがわかります。


ポスト小泉と叫ばれる安倍晋三氏も「再チャレンジ」支援政策を推進しております。しかし私はそれに足りないところがあると考えます。
その問題点とは、①実際に年齢制限によって就職先が決まらない人が多く、〈教育〉→〈労働〉→〈退職〉の構図自体から脱却しない限り再就職の途が広がらないこと。②機会均等の前段階である能力の付与機会の担保の不足、であります。



政府、市場、中間共同体とNPOという四者の連携をいかにして構築し、人々を包含しリスクを緩和するワークフェア社会を実現させるか。「リスクを避けるためにバンドワゴンにキャッチアップしていく」ことでなく、「自らの望む生き方を実現していく」ことを表す『チャレンジを支援する社会』をいかにして構築していくか。
この点を踏まえて、次回、具体的な政策論を述べたいと思います。


参考
http://www5.cao.go.jp/seikatsu/whitepaper/index.html
国民生活白書

http://www.rieti.go.jp/jp/projects/npo/index.html
独立行政法人 経済産業研究所 「NPOに関する研究」


このコンテンツは連載形式です。連載一覧は、こちらへ→http://www.yu-ben.com/2006zenki/contents/top%20page%20all%20members.html早稲田大学雄弁会HP内)

*1:早稲田大学雄弁会HPhttp://www.yu-ben.com/frame.htmlにおける、構造把握研究会『ライフ・イズ・ビューテイフル』  レジュメ「現代における排除」http://www.yu-ben.com/2006zenki/kouzouhaakukenkyukai/life%20is%20beautiful/yamada2.html