第三弾:社会保障からのアプローチ


政治経済学部1年 佐藤有希子


第二弾において能力開発機会の提供主体は政府がやるべきであるとのべました。
政府による能力開発事業は、社会保障制度と密接に絡み合っています。と申しますのも職業能力開発事業が社会保障制度の中にある雇用保険制度に含まれているからです。また、社会的に認められる最低限度の国民生活水準である「ナショナル・ミニマム」を保障することは国家の責任です。つまり、「働いても働いても生活保護水準以下の所得しかえられない」といった事態は国家が責任をもって取り組まなければならないことなのです。
そこで、日本の社会保障制度の現状と、とるべき方向性を考察していきます。

社会保障制度とは

そもそも社会保障とは何でしょうか。社会保障は英語でsocial securityといいます。securityは、ラテン語のse-curusを語源にしており、seは「解放」を、curusは「不安」を意味している。つまり、元来、不安からの解放、危険や脅威のない平静な状態を意味している言葉なのです。ゆえに、社会保障は、社会を構成する人々がともに助け合い支え合うという、相互扶助と社会連帯の考え方が基盤となっています。日本における社会保障の目的は以下の3つです。
(1) 生活の保障・生活の安定
(2) 個人の自立支援
(3) 家庭機能の支援
また、日本における社会保障の機能は以下の3つです。
(1) 社会的安全装置(社会的セーフティネット
(2) 所得再分配
(3) リスク分散
(4) 社会の安定及び経済の安定・成長
*1

社会保障の仕組みは、社会保険と社会扶助に大別できます。
社会保険給付〜失業、疾病、退職といった事故に対して払われます。給付資格を得るためには、国家が管理する強制加入の基金に対し、一定額の拠出を前もって行わなければならなりません。
保険方式の長所としては、保険料拠出の見返りとしての受給権が明確であり、スティグマ(汚名)が伴わないこと、個々の歳出に対する相関関係が薄い租税よりも負担の合意が得られやすいことが挙げられます。
短所としては、一定の拠出を義務とすることから、保険給付は、本質的に、権利というより、労働者が「稼ぎ出した資格」であるといえます。

社会扶助給付〜保険給付の資格のない人に対し、セーフティネットを提供します。この「給付資格のない人」を選定するために、ミーンズテスト(所得・資力調査)を行います。
長所としては、一定の要件に該当すれば負担に無関係に給付対象となることができることや特定の需要にきめ細かく対応できることや資源が富める者から貧しい者へと再分配される効果があることが挙げられます。
短所としては、ミーンズテスト付き給付は失業の罠(働いた時に得た所得が働かない時の所得よりもあまり高くない、または低い時に生じる不利益)や貧困の罠(稼得が増加すると給付が削減されて、増加分の多くが相殺されてしまう)が生じ、制度に安住してしまうモラルハザードが生じがちであることや、財政負担の増大につながりやすいことスティグマ(汚名)を伴うこと、給付が必要な人全てに届くわけではないこと、さらに制度が複雑なため行政コストがかなりかかることが挙げられます。

日本の社会保障の現状

では以下に具体的にワーキングプア改善の役割を担うべき社会保障制度の現状を考察していきます。冒頭で雇用保険制度に能力開発事業があるということをのべました。そこで、まず、雇用保険制度について考察していきます。

雇用保険制度

雇用保険制度とは、労働者の生活及び雇用の安定と就職の促進のために失業・教育訓練・育児休業等給付を行う、また、雇用安定・能力開発・雇用福祉の雇用三事業を行うといった雇用に関する総合的機能を有する制度です。

教育訓練給付金制度とは、働く人の主体的な能力開発の取組みを支援し、雇用の安定と再就職の促進を図ることを目的とする雇用保険の給付制度です。この教育訓練給付金の受給対象となるのは、雇用保険の一般被保険者である方のうち、支給要件期間*1が3年以上ある人です*2
では、この雇用保険の一般被保険者は労働者が皆該当するのでしょうか。実は、そうではありません。
現在、パートタイム労働者の約5割は雇用保険に加入していません。非正規雇用者が雇用保険に加入できない原因はどこにあるのでしょうか。それは、雇用保険の加入要件にあります。パートタイム労働者は、1年以上引き続き雇用されることが見込まれ、かつ、1週間の所定労働時間が20時間以上30時間未満の場合には、「短時間労働被保険者」として、1週間の所定労働時間が30時間以上の場合には、正社員同様「一般被保険者」として雇用保険に加入する手続きをしなければなりません。したがって、労働者が、①1週間の所定労働時間が20時間未満の場合、②雇用期間が1年未満の場合は、雇用保険の被保険者にはなりません。しかしながら多くの非正規雇用者は雇用契約の期限は3ヶ月や6ヶ月といった1年未満であることから、加入要件をみたすことができません。このことから、不安定な立場にあり、より職業訓練を必要とする人が職業訓練を行えないという現状があることがわかります。

国際的に見る3つの特徴

また、日本の社会保障は国際的に見て3つの特徴を有しています。
第一の特徴はその「規模」に関するものであり、社会保障給付費が多くの先進国に比べてなお相当に低い水準にあることです。社会保障給付費の対GDP比はスウェーデン29.5%、フランス28.5%、ドイツ28.8%、イギリス22.4%であるのに比べ、日本は17.4%にすぎません。これまで、日本の社会保障給付水準の低さに対しては「高齢化率が低いから」という説明がなされてきました。しかしながら、現在日本は他に類を見ない早さで高齢化が進み、日本の高齢化率は世界一となっています。厚生労働省社会保障の給付と負担の見通し」にとりますと、現在より高齢化率が高まるとされる2025年でさえ19%と低い水準です。このことから給付水準の低さの理由は高齢化率の低さ以外にあることがわかります。その理由とは、1他の先進国において社会保障給付の大きな比重を占めている「失業関連給付」が日本の場合非常に低い水準であること2若年者にたいする給付が低い水準にあること3生活保護を受ける者の割合が低い水準にあることなどです。

第二の特徴はその規模「内容」に関するものであり、それは社会保障全体に占める「年金」の比重が先進諸国中最も大きいこと、また逆に、「失業」関連給付と「子供」関連給付の比重が際立って低いことです。外国の児童手当に代表されるような「子供」関連の給付(公財政支出教育費)が低いかわりに、私費負担教育費は高い水準にあります。

第三の特徴は「財源」にかんするものであり、社会保険の枠組みの中に相当額の税が部分的に導入され、結果として日本の社会保障はきわめて複雑で制度の趣旨がわかりにくいものとなっており、それが制度の空洞化を招く一因ともなっています。したがって、今後はこうして点を根本から見直すとともに、保険と税の役割分担をできる限り峻別し、制度の趣旨がわかりやすいものに再編していく必要があります*3

今後とるべき方向性

以上のことから、今後とるべき社会保障の方向性は次のようになります。
①学生、労働者を問わず、教育関連給付を充実させる
②財源と制度をわかりやすいものにする

次回、第四弾では実際に「豊かさ」を実現するにはどうすべきか、政策論にてその具体像を提示していきます。



このコンテンツは連載形式です。連載一覧は、こちらへ→http://www.yu-ben.com/2006zenki/contents/top%20page%20all%20members.html早稲田大学雄弁会HP内)

*1:平成11年版厚生白書参照

*2:。支給要件期間とは、受講開始日までの間に同一の事業主の適用事業に引き続いて被保険者(一般被保険者又は短期雇用特例被保険者)として雇用された期間をいいます。ハローワークHP参照

*3:広井良典著「定常型社会」 2001岩波新書