第二弾:・サブ・サハラ・アフリカの自由貿易体制への組み込まれ過程

国際教養学部2年 鶴渕鉄平

           
第一弾においては、サブ・サハラ・アフリカ*1の貧困の継続の原因は、世界経済体制にあると述べた。今回は、この内実を見ていく。

サブ・サハラ・アフリカの貧困とは?

そもそも、サブ・サハラ・アフリカにおいて貧困状態に陥っている人々とはどのような人々か。それは、農民である。サブ・サハラ・アフリカの貧困問題とは、農民の生活改善の問題なのである。実際、数値で見ると、サブ・サハラ・アフリカ総労働人口の6割以上は農業部門に従事しており、貧困層の8割は農村在住者である 。*2

生産物の利潤が農民に還元されない現状

 サブ・サハラ・アフリカの農民が貧困状態に貶められているのは、主に次の2つの理由からである。

   ①先進国政府が自国農業に多大な農業補助金を費やしているため、国際市場価格が低下し、サブ・サハラ・アフリカの農民の収入が激減している。
   ②一次産品生産への依存状態から抜け出せず、輸出から消費までの過程に付与される付加価値の大部分が農民ではなく多国籍企業の手に渡っている。

例えば、アフリカ西岸の国、セネガルでの綿花生産について考えてみる。セネガルでの綿花生産価格は、2000年には重さ1ポンドにつき45〜52セントであった。しかし、アメリカやヨーロッパでとられた農業補助金政策により、綿花の国際市場価格は1ポンドにつき35セントにまで下がった。つまり、アメリカやヨーロッパの政府は、自国の生産者から買い上げた綿花を、低価格で世界市場に出したのである。そのため、セネガルの人口の半数を超える零細農民は市場競争の中で大打撃を受けている。
また、一次産品のほとんどはサブ・サハラ・アフリカ諸国から未加工の形で輸出されている。ココアを例に取ると、コートジボワールやガーナを含む途上国は、カカオ豆の生産では90%のシェアを占めているものの、カカオバターの生産では半分以下、粉末ココアでは3分の1、チョコレートにいたっては4%のシェアしか占めていない。*3
 サブ・サハラ・アフリカの農民が一次産品への依存状態から抜け出せない要因には、現在の国際貿易体制において、発展途上国の工業化を阻害する制度が存在していることがある。例えば、一次産品が加工されるにつれて関税が上がっていく、いわゆる傾斜関税(タリフエスカレーション)は、労働集約的な工業への投資を阻害し、一次産品への依存状態から抜け出せなくしている。*4 
 
 以上、サブ・サハラ・アフリカの貧困の原因を、
①一次産品の国際市場価格の低下による農民の所得減少と、
②一次産品への依存構造
という2点から把握したが、この2つの要因の共通点は、「先進国優位の貿易体制」ということにある。①においては、先進国政府の農業補助金、②においてはタリフエスカレーションの例がこの「先進国優位の貿易体制」を表している。


 ではなぜ、現在のような、先進国優位の貿易体制にサブ・サハラ・アフリカは組み込まれていしまっているのか。現在の、自由主義市場経済を標榜した貿易体制の成立過程と、サブ・サハラ・アフリカがそれに組み込まれた過程を見ることで明らかにしたい。まず、現在の自由主義市場経済を推し進めている中核組織である世界貿易機関WTO)の成立過程を見てみる。

WTOについて

第二次世界大戦の反省から、主要国のブロック経済化・保護主義を抑制し、結果として平和維持につなげることを志向して設立されたのが、WTOの前身であるGATTであり、貿易が飛躍的に増大したことを受けて、1995年にWTOが設立された。
GATTもWTOも制限のない自由な貿易を推進してきた。貿易上の制限を取り除くために貿易障壁措置の削減と、貿易の無差別待遇が採られてきた。
WTOのこれらの表面上のルールは、加盟国が同一ルールで行うのだから、公平であるように見える。ところが、WTOには、公正とは言えない矛盾がある。
一つは、先進工業国と発展途上国とを同じ貿易ルールで扱っては、逆に不公正になる、という問題である。かつて植民地時代もその後の独立後も、途上国は「安い一次産品を先進国に輸出し、高い工業製品を輸入する」という経済構造に長いこと苦しみ、工業化を目指していた。確かに一部の途上国は工業化に成功しつつあるものの、先進国が特許などの知的所有権や情報通信や金融などのサービスまで自由貿易ルールに入れてくると、途上国が第二次、第三次産業を通して経済的に発展していくという道はほとんど閉ざされてしまうことになる。
 二つに、WTOは分け隔てのない公平なルールの適用と言いながら、農業分野は、公然と助成金が認められるルールが取られている。通常のWTOルールでは認められない輸出補助金や輸出につながる国内助成金が、農業分野では許される。助成金をふんだんに出せるのは先進国であるから、農業分野では圧倒的に先進国側が有利になり、農業保護どころか一大輸出産業となり、途上国の農業を脅かしている。
 この結果、多くの途上国は「安い限られた一次産品を輸出し、高い工業製品はもとより日常不可欠の食料品までも輸入する」という経済構造に陥っている。
WTOではダンピングは違反である。しかし、欧州や米国は政治力をもって農業交渉を本来の自由化ルール(ダンピング補助金も禁止)よりも緩いルール(一部認可)にしてしまったという経過がある 。*5

世界銀行IMFの介入

 以上、WTOを中心とした貿易体制が、「制限の無い自由な貿易」を標榜しながら、実際には先進国優位の体制を築き上げてきたことを見てきた。次に、なぜサブ・サハラ・アフリカはその体制に組み込まれざるを得なかったのかを考察する。 

第2次大戦後にサブ・サハラ・アフリカをはじめ途上国で有力であった開発モデルは、経済発展における市場の失敗を強調し、それを是正するため政府の計画と指令の強化によって、資本蓄積の強化と国内の近代産業の保護・育成を図ろうとするものであった。しかし、輸入代替工業化政策の失敗に代表されるこのモデルの限界は、1960年代末頃より明らかになってきた。1970年代に起こった石油危機などの外部ショックは、アフリカ諸国の構造的な脆弱性と国家主導型の政治経済体制の硬直性を露見させ、多くの国々は債務を重ねた。
この状況に対して、それまで融資を行ってきた世界銀行IMFは、債務支払いを助けるための形態として、条件付きで融資を行う「構造調整貸付」を開始した。
 構造調整政策の基本的な考え方によれば、80年代までの経済危機は、単に一次産品低落による一次的現象ではなく、それまで採用されてきた政策体系が構造的に生み出す政府の失敗に基づいている。それを是正するには、これまで市場を縛り、歪めてきた輸入制限措置など様々な政府の規制を撤廃しなければならない、ということであった。しかし、市場メカニズムを支える物的、制度的基盤が不十分な段階でのこの急速な自由化は、世銀自身が認めているように、サブ・サハラ・アフリカにおいて貧困を拡大させるだけの結果に終わった。そして、この外部からの急速な自由化圧力によりサブ・サハラ・アフリカは、先進国優位に形作られる自由貿易体制、グローバルな自由主義経済体制に組み込まれていったのである。*6

結び

 以上見てきたように、サブ・サハラ・アフリカの貧困の原因は、先進国優位の世界経済体制の中で、生産物の富が農村に住む貧困層に行き渡らないことにあった。この先進国優位の体制は、現在WTOの会議の場で、農業補助金の削減といった形で交渉がなされている。しかし、2006年7月末に至っても、その不平等是正の交渉は行き詰ったまま実現の見通しはついていない。*7そして、この交渉においては現在、サブ・サハラ・アフリカ諸国は交渉の場につけてもいない。こういった状況や、世界経済体制への組み込まれの過程を鑑みるに、貧困を削減していくには、
サブ・サハラ・アフリカ諸国・地域が、自ら貧困削減・発展の展望と計画を持ち、先進諸国・国際機関と交渉していく力を拡充していくことが必要である。


 次回、第三弾では、現在の先進国優位経済体制の根本にある資本主義について分析していくことを中心に行いながら、工業化を見据えたサブ・サハラ・アフリカの発展の展望を探っていく。

 
 このコンテンツは連載形式です。連載一覧は、こちらへ→http://www.yu-ben.com/2006zenki/contents/top%20page%20all%20members.html早稲田大学雄弁会HP内)

*1:サブ・サハラ・アフリカ:アフリカ大陸全体53ヶ国中、北アフリカを除く、サハラ砂漠よりも南の47ヶ国を指す。

*2:サブ・サハラ・アフリカの農業についてより詳しくは、以下をご参照ください。
早稲田大学雄弁会HPhttp://www.yu-ben.com/frame.htmlにおける、 構造把握研究会『蒼い星』  レジュメ「サブ・サハラ・アフリカと世界市場の関わり」http://www.yu-ben.com/2006zenki/kouzouhaakukenkyukai/aoihoshi/tsurubuchi1.html 【アフリカ農業】の章

*3:オックスファム・インターナショナル(渡辺龍也訳)『貧富・公正貿易・NGO WTOに挑む国際NGOオックスファムの戦略』2006年 新評社

*4:タリフエスカレーションなど、発展途上国の産業構造の変化を硬直化させている制度について、より詳しくは、以下をご参照下さい。早稲田大学雄弁会HPhttp://www.yu-ben.com/frame.htmlにおける、構造把握研究会『蒼い星』  レジュメ「サブ・サハラ・アフリカと世界市場の関わり」http://www.yu-ben.com/2006zenki/kouzouhaakukenkyukai/aoihoshi/tsurubuchi1.html 【不条理な傾斜税制】【産業への規制】の章

*5:WTOの変遷について、より詳しくは、以下をご参照ください。早稲田大学雄弁会HPhttp://www.yu-ben.com/frame.htmlにおける、政策研究会『ONE WORLD』  レジュメ「WTOhttp://www.yu-ben.com/2006zenki/seisakukenkyukai/one%20world/turubuchi%20WTO.html  【WTOの歴史過程】の章

*6:サブ・サハラ・アフリカの第二次世界大戦後の開発の変遷と、世銀・IMFの関わりについて、より詳しくは、以下をご参照ください。早稲田大学雄弁会HPhttp://www.yu-ben.com/frame.htmlにおける、構造把握研究会『蒼い星』  レジュメ「サブ・サハラ・アフリカと世界市場の関わり」http://www.yu-ben.com/2006zenki/kouzouhaakukenkyukai/aoihoshi/tsurubuchi1.html 【アフリカの世界経済統合】の章

*7:WTOの現在のラウンドの状況について、より詳しくは、以下をご参照ください。早稲田大学雄弁会HPhttp://www.yu-ben.com/frame.htmlにおける、政策研究会『ONE WORLD』  レジュメ「WTOhttp://www.yu-ben.com/2006zenki/seisakukenkyukai/one%20world/turubuchi%20WTO.html  【WTOの昨今の状況 香港閣僚会議〜2006年7月末】の章