政治経済学部1年 仲條賢太
2007年1月21日、宮崎県で東国原英夫知事が誕生しました。彼の「宮崎をどげんかせんといかん」というフレーズはマスメディアを通じでずいぶん広まり、流行語大賞にも選ばれました。最近では、橋下徹弁護士が大阪府知事に当選しました。こうした新しい知事の誕生の背景には、やはり地元住民の危機感があると思います。住民の危機感の源泉には、今の社会全体を取りまく、大きなうねりがあります。
現代社会は、一言で言えば、経済開発を「生産、所得、財の供給への改善」とし、GDPが経済開発の最大のメルクマールとなされる社会です。情報技術革新によって物的人的資本の流動性の高まったことで、従来まで経済活動を規定していた、空間的・時間的制約の撤廃が可能となりました。結果、企業間の自由競争がGDPを超える利益を上げる多国籍企業が市場において多大なプレゼンスを発揮しています。そして、経済資本の集積する都市部への地方・農村部からの人口流出が、途上国・先進国を問わず進行しており、途上国ではアジアを中心に人口爆発が、我が国のような先進国では少子高齢化が進行しています。これが、現在の世界的な時代潮流です。
翻って私の目指すのは、「生活基盤」が担保され、その上で「生活の質」を向上するための多様な選択肢の可能性が開かれることで、人々が個々の「潜在能力」を発揮できる社会です。そして、個々の「潜在能力」は、他の人々の生活や都市・農村を包含した人々の公共空間である「まち」全体の開発・発展に資する公共性を有しており、個々の「潜在能力」が阻害されることで、他の全体の「潜在能力」の拡充をも阻害してしまう事態に私は問題意識を抱いています。本来、経済開発とは人々の「潜在能力」の拡充でなければならないはずだからです。
しかし現在、我が国では、「潜在能力」を拡充し個々の地域・人々の生活を支える産業が、グローバルな自由競争に基づく経済体制の下で失われつつあります。国内製造業の多くは経費の圧倒的に安い途上国にフライトし、その下請けを担っていた中小企業も次々と姿を消している。農業においては、多国間のWTO交渉の変わりに少数国間のFTAやEPAの締結が加速し、安価で大量の外国産作物との競争に敗れ、農業が産業として立ち行かなくなり、耕作放棄・離農が進んでいます。このようにグローバルな自由経済競争と少子高齢化という二つの時代潮流の下、地域に根ざした雇用が喪失しており、結果、人・物・金・情報の集積した大都市部への人口流出に歯止めがかからず、過疎地域の「限界集落」の出現や、行政の赤字累積も相まって自治体政府の減収による公共サービスの低下を招いています。これらの問題事象は、人々の生活ひいては「まち」全体の崩壊を意味するもので、私が目指す社会と著しく反します。では今後どうしていけばいいのでしょう。
各地域は公共事業や大企業の誘致など、地域の外部に依存した外発的開発発展を行ってきました。しかしそれでは「生活基盤」の担保には寄与しても、住民の「生活の質」の向上には必ずしも寄与すとは限りません。しかも、「生活基盤」の担保はどの地域でも普遍ですが、目指すべき「生活の質」には各地域によって異なる部分が必ずありますですから、地域の「潜在能力」を拡充させるには、行政からのトップダウンよりも住民からのボトムアップによる、持続可能な内発的発展を目指すべきだと私は考えています。これからの地方は、「ないものねだり」の時代ではなく、「あるもの探し」の時代にしていくべきです。
本コンテンツでは、地方が持続可能な内発的発展をしていくために、地方を「どげんか」していけばよいのかを、地方財政という観点から考察してまいりたいと思います。