第五弾:政策論

国際教養学部2年 鶴渕鉄平

前回、PRSP(貧困削減戦略文書)の問題点を、
①理念との乖離
②構造調整貸付との差異のなさ
③優先順位付けの問題
と割り出した。
これを基に、先日、世界銀行情報センターに取材を行い、これらの課題点について議論させていただいた。その結果やその議論を通して見えてきた課題点などを検証し、PRSPの改善策について提示していく。

世界銀行情報センターの方と話してみて、現在実際にPRSPが作成されている中で生じている問題点として、次のようなものがあった。

A. 作成に当たって、当事国政府が中・長期的な視点を持てていない
B. 国内へのアカウンタビリティが不十分である
C. 住民参加が不十分である

これらはいずれも上記①〜③と関係している。例えば、A. B.は、上記問題点の③優先順位付けの問題と関連している。そして、A.とC.は①と同じく理念との乖離である。

よって、上記①〜③を検証していくことで問題点の検証とする。

問題点の検証

①理念との乖離について
前回提示したのは、PRSP作成のガイドブックの分量の多さや、世銀やIMFがPRSPの評価・融資決定を行っていることから、理念で謳われているほどにはオーナーシップは実現されていないのではないか、ということだった。そして、さらに今回、参加型プロセスを重要視させながら、実際は住民参加が不十分であるという点が把握された。

まず、ガイドブックの分量の多さや世銀・IMFの監査が入ることについてだが、これは、貧困国の官僚機構などが未熟であるため、「何もかも貧困国任せ」では、PRSPそのものが成立しないことがその要因のひとつではある。
ゆえに、PRSPの方向性として、「教育・人材育成」が重要であることが言える。

住民参加については、国際NGOオックスファムから批判が挙がっている*1

オックスファムの現地パートナーによると、多くの政府が、市民社会の参加を実現するよりも、手短に意見を聞いているとの報告がある。その際も、会議の通知は直前に行われ、市民社会は文書を見なおしたり建設的な分析をする時間をほとんどないし全く与えられない。さらに、大事な決定は世界銀行IMF、そして政府が決めるから、参加など見せかけに過ぎないとの声も上がっている。実際、マラウィでは、市民社会の参加は少なく、過程の力をそぎ、オーナーシップをより広げていこうという努力に水を差している。市民社会との会議も事前に十分な時間が取られず、なかなか準備ができないとの報告がある。
アカウンタビリティのなさも、市民社会の軽視、あるいは政府にそこまで意見を集約する余力がない、ということが関係している。

②構造調整貸付との差異のなさについて
ガーナの経済学者チャールズ・アビュグレなどは、PRSPのソースブックに、マクロ経済の安定政策や各種自由化が条件に盛り込まれていることを見て、「見せ掛けの変化に過ぎない」と批判している。
しかし、世界銀行も融資機関として、ドナー(資金の貸し手)への責任からマクロ経済安定化を前提とするのは妥当であり、マクロ経済の安定はその国の国内体制整備や社会保障給付・経済発展のために必要な指標である。各種自由化も、適切に市場などが開放されていけば外国投資を招いたり、比較優位産業による外貨獲得として有効である。構造調整貸付の問題は、マクロ経済安定化政策や自由化を、順序を考えず一斉に行わせたことにある。ゆえに、優先順位をつけられるかが要であるが、それにも問題点があるのだ。


③優先順位について
前回は、世銀側が優先順位を示しきれていないという点で問題として指摘したが、この優先順位付けの困難さは、貧困国側にも原因があることが取材により判明した。それが、貧困国政府が「中・長期的な視点を持てない」ということと関わっている。
貧困国は、税収の不安定さや直面している課題の多さ・深刻さから、融資を短期的な政策に当ててしまう傾向があるのだ。中・長期的な視点を持つことを困難にしている。国内の不安定要素として、食糧供給の不安定さが特にアフリカなどでは見られる。

政策論

以上の検証を踏まえ、政策・改善策を提言する。

政策・改善策①・・・PRSPの評価会議における、オーナーシップ政府・当事国貧困層NGOの参加枠組みの創出
 世銀・IMFの評価会議に当事国政府・貧困層NGOの参加機会を創出することで、市民社会の声は聞かれるようになるし、世銀・IMFの強権的決定というのも緩和され、「オーナーシップ」がより実現していけるのである。

政策・改善策②・・・検証の結果を踏まえた、PRSPの優先順位付け
以下にアジア経済研究所のPRSP分析などを下にしつつ、貧困削減戦略の優先順位について提案する*2


政策の優先順を決めるステップは、6つ考えられる。
1.「社会的生存水準の達成」――初等教育による識字率向上と必要カロリーを満たすための農業生産の向上

2.「マクロ経済の安定」――物価の安定、国際収支の安定、金融システムの安定
         
3.法制度の整備

4.「構造調整政策」――価格の自由化(統制価格の撤廃、為替レートの自由化、金利の自由化)、規制緩和、各市場(労働市場、生産物市場、金融市場)の発達

5.成長戦略

6.所得格差の是正

これらの政策の順序について

上記の6つの政策の前提には、次の2つの考えがある。
①社会的生存水準の達成は、貧困削減のためにすべてに優先させる。そのため、初等教育の達成と農業生産性の向上が最優先となる。
②法制度の整備は、経済成長戦略の前提条件となる。


食料自給率が低い国にとって、農業政策がステップ1であるということは、次の2つの理論で説明されている。
A.ルイスの転換論の理論で、農業部門と工業部門の生産性格差が大きい国では、農業生産性向上のために市場経済に移行することが必要である。農業生産性が向上するまでは、途上国の賃金は生活水準を超えることができない。
B.ミントの理論で、3つの役割を果たすために経済開発における農業改革が必要であるという理論。その3つとは、
1.食料自給率を高めること
2.余った労働力を工業部門に提供すること
3.高くなった所得で工業製品を購入できるようにすること。
 
実際、1980年代以降の中国やベトナムのようなアジアの国での農業改革は、構造調整政策に先行して実施された。例えば、中国政府は、1979年に改革開放政策を導入したのとほぼ同じ時期に農業生産請負制を実施している。これは、農家に経営努力のインセンティブを与えるものであった。その結果、食糧生産は劇的に増え、これが直接的、間接的に農業補助金を減らすことになり、財政規律を回復することによってマクロ経済の安定化に寄与した。そして、この農業のインセンティブ制度は、計画経済から市場経済に移行する他のアジアの国々にも適用され、成功した。
初等教育は、それが社会的生存条件の重要要素であることに加え、課題点の検証で踏まえた、「教育・人材育成の必要性」からも優先要素として挙げられるのである。

検証したように、マクロ経済の安定は、否定されない要素であり、融資の安定的受容、成長の前提として優先される。

同様に、構造調整政策も否定されないものであるが、法整備・セーフガードなどが整わないうちに実施された自由化によりサブ・サハラ・アフリカは被害を受けたという分析を踏まえると、法制度の整備が優先し、その次に構造調整政策が位置づけられる。

構造調整まで進めて行われるのが、成長戦略である。

この成長戦略において、工業化計画も提示されることになる。工業化戦略は、その国の経済発展の段階によって異なってはいる。この工業化戦略においては、元世銀上級エコノミストの朽木昭文氏が示唆に富んだ提言をしており、これがモデルケースになると考えられる。
朽木氏は、「伝統産業セクター」「国有企業セクター」「民間企業セクター」など、成長戦略のために経済主体を特定化し、その主体が成長に貢献するような制度を確立することを掲げている。さらに、成長戦略の手段として、アジアの発展をもとに、外国投資の導入として輸出加工区・工業団地の設立・税の免除などを、また観光資源がある国であればそれを製造業生産のための原材料費を稼ぐ外貨獲得手段として活用すること、などを述べている。そして、サブ・サハラ・アフリカの工業化に最も応用できると考えられるのが、マレーシアの発展である。一次産品が主要生産物である国では、その国の成長戦略は農業関連の工業化、資源関連の工業化、一次産品輸出といったことが考えられる。そして、マレーシアでは、一次産品であるココア・パームオイル・石油についてこれらの戦略が採られ成功し、その後の電子産業の輸出志向工業に引き継がれたのである。

成長戦略が成功すれば、通常はその成長の恩恵を受けた層と受けなかった層の貧富が生まれる。そこで、ステップ6として、その貧富の差を埋める政策を採る必要がある。

結び

以上、世界銀行の掲げる貧困削減戦略を、その改善策とともに示してきた。この改善版に乗って開発を進めれば、先のコンテンツで挙げた、「自助努力の重視と適切な評価・助言に基づく発展戦略」は実現していけるであろう。



このコンテンツは連載形式です。連載一覧は、こちらへ→http://www.yu-ben.com/2006zenki/contents/top%20page%20all%20members.html早稲田大学雄弁会HP内)


 

*1:http://www.eco-link.org/jubilee/imfwb/facts_oxfam.htm

*2:朽木昭文『貧困削減と世界銀行 −9月11日米国多発テロ後の大変化−』2004 アジア経済研究所