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社会科学部1年 杉山健太

3、【現状政策の分析】 HIPCイニシアティブと貧困削減戦略ペーパー(PRSP

a、重債務貧困国(Heavily Indebted Poor Country)イニシアティブの概要
   この政策は、1996年、IBRD・IMFによって提唱され、その加盟諸国によって重債務貧困国であると認定された債務国を救済する計画である。具体的には、貧困国が一定の条件を満たしたのちに、債務救済援助金を融資することで、その国が抱える厳しい債務負担を持続可能な水準に引き上げることを目的とする計画である。
   さらに、1999年のケルンサミットでは、対象国と債務救済額を増大させ、かつ前倒しで債務救済を実施するという「拡大HIPCイニシアティブ」が打ち出された。
   重債務貧困国とは、1993年時点において、1人当たりのGNPが695ドル以下で、債務総額が輸出年額の2.2倍以上、あるいは、その年額がGNPの80%以上に相当する41カ国である。このうち34カ国が中近東・アフリカの国々である。さらに、PRSP対象国もその半数がアフリカ諸国である。
   IMFのファクトシート(2003年)には、「HIPCイニシアティブは、貧困国の債務削減のための包括的なアプローチであり、全ての債権者の参加を必要としており、また、貧困国が対応不可能な債務の負担に直面しないことを目的としている。そして、このイニシアティブの中心となるものは、債務国自身がマクロ経済調整や構造改革、並びに社会政策の改革に向けた努力をすることである。また、HIPCイニシアティブは、基礎的な保健や教育を中心とする社会セクタープログラムに焦点を当て追加融資を行う。」という記述がある。

   では、上記の下線部分を具体化する。

  障ネ、第1段階 : 支援を受けるためには、決定時点までにPRSPを採択し、完了時点までに同戦略を最低1年間実施していること、また、IMF・IBRDの構造調整プログラムを採用し、同プログラムを3年間実施していること(6年という資料も存在している)。(なお、プログラム実施期間中も、パリ・クラブを含む二国間債権者から債務救済を受けたり、ドナー国や国際機関から通常の譲許的融資を受けることができる。)

  障ノ、決定時点 : 第1段階が終了すると、債務国のその時点での対外債務状況を把握するために、債務持続可能性分析が行われる。分析の結果、援助の対象基準に該当すると、イニシアティブに基づく支援の適格国と見なされる。

  障ハ、第2段階 : HIPCイニシアティブの適格国となったのちも、債務国はIMF・IBRDの
プログラム下で良好なパフォーマンスの実績を積まなくてはならない。第2段階の期間は一定しておらず、あくまで決定時点で合意された主要な構造改革の実施が満足のいく水準にあるのか、マクロ経済の安定が維持されているか、広範な参加型プロセスを通じて策定されたPRSPの採用および実施がおこなわれているか、などによって決定される。

  障ミ、完了時点 : 残りの支援(債務救済金供与・債務削減など)がこの時点で行われる。

b、貧困削減戦略書(Poverty Reduction Strategy Paper)の概要
   HIPCイニシアティブの対象国は、債務削減の前提となる資金を受けるためには、IBRDやIMFの支援のもとで、経済改革プログラムを作成することが義務づけられている。そして、そのプログラムの一部には、債務国政府が「主体性をもって」PRSPを作成することが含まれている。つまり、PRSPは債務削減の前提条件である、といえる。
   次に、このPRSP作成は、貧困削減戦略(貧困削減を念頭においた開発計画・貧困者への配慮を十分に行った経済政策など)・最終PRSP策定までのスケジュール・貧困削減に向けた3年間の政策が、?途上国政府自身によって、?各ドナー・NGO・民間セクターの幅広い参加のもとで、行われなければならないとしている。また、このPRSPは「暫定」P    RSPといわれている。なぜならば、債務削減は一刻でも早く実施しなければならないにもかかわらず、NGO・市民までを含めた幅広い関係者が参加するとなると相当な時間が必要であるからである。とりあえず「暫定版」があればよし、というのがIBRD・IMFの思惑であると思われる。しかし、何よりも重要なことは、このPRSPに従って、各セクターの開発計画が立案され、投資計画が作られることである。

c、HIPCイニシアティブとPRSPの現状(2004年)
   2004年までに、HIPC要件に該当しないと判断された4カ国およびラオス(プロセス中断、対外債務が20億5600万ドルに対してGNPは28億5500万ドル、貿易赤字・2005年)を除いた37カ国への支援が行われ、その支援額の合計は公約ベースで514億ドル(2002年のドル価)であり、この金額はHIPC諸国の債務全体(2001年のドル価で953億ドル)の約54%に相当している。
   2004年2月時点での実施状況は、HIPCの対象国(32カ国はサハラ砂漠以南のアフリカ諸国)のうち、10カ国が総額122億ドルの全体パッケージの救済を受けている。この他に17カ国が第1段階をクリアし、中間融資を受けているものの、そのうち6カ国では構造調整や公共資産の運営の面で問題が現れている。

    債務の救済を受けている27カ国(実施段階および中間段階にある諸国)では、貧困対策に向けられた融資が1999年には43億ドルであったが、2003年には70億ドルに増加している。また、アメリカのHIPCで債務削減が行われた10カ国では、教育予算が9.3億ドルから、13.1億ドルへと増大しており、同様に、保健・医療予算も4.7億ドルから8億ドルへと大幅な増大を達成している。
    しかし、上記のように一部の国では改善が見られるものの、債務の支払いは途上国の経済にとって大きな負担であり、債務削減は遅々として進んでいない。たとえば、IBRDの公約した124億ドルあまりの債務削減に対して、実際に削減がおこなわれた額は28億ドルであり、公約額の22.4%に留まっているという現実がある。また、HIPC対象国のうち、第1段階に達していない国も11各国残っている。
   さらに、2000年9月の国連総会で合意されたミレニアム開発目標(MDG)を達成するためには、HIPCには約465億ドルの資金が必要であるが、途上国にとって債務返済を継続しながら独自でMDG達成のための資金や経済成長を確保することは困難である。ゆえに、HIPCがアフリカに集中しており、アフリカの返済能力(経済成長と輸出総額)が低いことから、債務の包括的な削減を含めた新たな救済プログラムが必要である、という意見も現れている。
d、現状政策の問題点(デヴィット=マリン=ルードマンの批判をもとに)

  ?多くの公的機関が保守的な心理にとらわれ、回収不可能な融資を公に帳消しにして自らの過ちを認めることを恐れている。それゆえに、債務危機が長引いている。先進国政府・IMF・IBRD・その他の公的融資機関は、貧困国に新規の融資を与えてはいるが、その資金は以前の融資の返済に当てられている。低所得国に1ドル貸すごとに、彼らは直ちに83セントの元利の支払いを受け取っているのである。債務累積は止まらない。

  ?HIPCイニシアティブは、世界の三大債務国、つまり、インドネシア(対外債務1406億4900万ドル/2004年、以下同年の調査結果)・パキスタン(356億8700万ドル)・ナイジェリア(358億9000万ドル)を、これらの国には債務の支払い能力があるという根拠(貿易が黒字であること、しかしパキスタン貿易赤字・2005年)に基づいて除外している。また、ムーディーズ社・スタンダード&プアーズ社のような信用格付け期間は、これらの国をHIPCにリストアップされている国より低く格付けしている。さらに、第三世界債務危機の全容を知るためには、HIPCリストに載っていない他の3つの重債務国、すなわち、カンボジア(33億7700万ドル)・アフガニスタン(『2007年度世界開発報告』に記載無し)・コモロ(左に同様)を含めて考えるべきである。

  ?HIPCイニシアティブが目指している債務救済額は微々たるものである。最重債務国47カ国のうち、最近の債務救済計画で債務救済が約束されているのは26カ国にすぎない。47カ国は莫大な額の債務と過酷な貧困に陥っており、4220億ドルの対外債務のうちおよそ2910億ドルは返済不可能である(サハラ以南のアフリカ地域の対外債務総額2350億5600万ドル、ラテンアメリカ・カリブ地域の同総額7949億4300万ドル・2004年)。
    しかし、公的融資機関が帳消しを約束している額は、2001年までのところ、2000年の200億ドルを含めて、主にHIPCを通じた330億ドルでしかない。
   
  ?維持が不可能な債務は、貧困の解消と環境保護の大きな障害となっている。最重債務国47カ国の大半が、人々の基本的な保健医療・教育・社会福祉にかける金額よりも多額の資金を対外責務の元利支払いに与えている。これらの国々のうち37カ国が、国連の定める人間開発基準の最低レベル、あるいは、それをやや上回るレベルに位置している。
極端なケースはジンバブエである。ジンバブエでは、1997年の予算の40%を対外責務の返済に当て、基本的な社会福祉予算はわずか7%にすぎなかった(2001年の時点におけるそれぞれの対GNP比は、債務返済10.3%、医療3.2%、教育8.3%である。GDP33億6400万ドルに対して、対外総債務額は47億9800万ドル。何の改善なく現状の返済システムを続けると、全額返済までにはなんと約14年もかかる。1000人あたりの幼児死亡率129人・10万人あたりの妊産婦死亡率1100人・15歳から49歳までの人口のうちエイズ感染率20.1%などの現状(2004、2000、2005年)を考えれば、現今のシステムは大問題であるといわざるをえない)しかし、世銀の規定によれば、ジンバブエは低所得国であるにもかかわらずHIPCに該当していない。)

?外資を稼ぎ出す必要に迫られて、重債務国の多くが自然資源に過剰な負荷を加えている。債務の圧力が発展途上国の輸出用工業や木材業の増加を煽っている。重債務と森林破壊の間には統計的関連性があることを、複数の研究が証明している。(特にインドネシア森林伐採は深刻である。)


4、【変革論】 

 a、現状政策の分析(私の視点から)

 障ネ、構造調整とHIPCイニシアティブの問題点
   IBRDとIMFは、途上国の国家財政を立て直すために、構造調整政策を掲げた。しかし、それは前述の通り、教育や医療という人間にとって基本的な権利を奪った。そして、IMFのスタッフペーパーに「…多くの研究が行われてきたが、過去10余年間の構造調整に効果があったのか否かを明確に判断することはできない。…構造調整借款の支援のもとで施行されたプログラムがインフレの減少と成長率の改善をもたらした、と断定することはできない。実際、IMFによる構造調整がインフレの増加や成長率の下落と密接な関係がある、という事実をかなり発見することができる。」という記述が残されているように、IMFとIBRDは暗黙裡に構造調整の失敗を認めている。
   にもかかわらず、構造調整のオルタナティブとして提示されたHIPCイニシアティブにおいても、構造調整は債務救済金を供与するための前提条件となっている。そして、私が最も疑問を感じる点は、構造調整によって医療と教育サービスが悪化したところに、さらに社会福祉サービス向上を図る新たな融資を行うとしていることである。これでは本末転倒ではないか。債務の累積が増えるだけである。
   むしろ、実現するべきことは、途上国が、融資によってではなく、自国の国家財政によって十分な社会福祉政策を施行できることではないだろうか。ゆえに、変革するべきは、途上国の経済を支える輸出費を増大させ外資を獲得させることである。そのためには、途上国にとって不平等な貿易システムの改善が必要不可欠である。


  障ノ、貸す側(公的融資機関)の責任

   ?融資する動機が明確でなかったこと。つまり、冷戦構造下で、共産主義の拡大を防ぐために、腐敗を承知で独裁政権や軍事政権に対して融資した責任。貸し手側が、途上国の実情を真剣に考慮せずに主導権を握り、予算を立ててそれを実行させることの責任。政治家などが手土産として融資を簡単に約束してしまう責任。
   ?融資に制限を課さなかったこと。つまり、過重債務に至る前に「もう貸さない」と伝えず、融資以外の解決策を考慮しなかったことの責任。企業への融資ならば当然担保を取るであろうし、企業が資産を処分しても支払いきれないような融資は本来しないはずである。相手が国家であるゆえに担保を取れないうえに、資金の差し押さえも主権の侵害として実行できないのだから、いっそう慎重になるべきであった。
   ?自作自演であったこと。つまり、例えば高速道路なら、高速道路の必要性を説く、高速道路を設計する、その実行可能性を研究する、案件の審査を行う、融資をする、というこれら一連の手続きを、「相手国からの要請」だとしても、実際は全て外部者が行っていることの責任。
   ?実行可能性の研究が不十分であったこと。つまり、汚職もなく、設計の通りに完成したのにもかかわらず、利益が上がらず借金の返済金を作り出せないとしたら…。すなわち、貸し手側の諸機関・企業が行った設計・研究・案件審査が甘かった、あるいは、間違っていたことの責任。
   ?借金をして融資金をつくること。つまり、途上国への融資はハイリスクであることが多いはずであるが、その融資金に預金者から集めたお金を用いる責任。これでは当初から、貸す側は一定以上のリスクを負っていないし、預金者のことを考えると債務帳消しも制度的に困難を極める。
   ?情報公開が遅れたこと。つまり、援助側の国民に十分な情報公開を行わなかったこと
の責任。そのため、人々の関心も低く、行政に対するチェックが疎かになった点は否定
できない。 

  障ハ、借り手側の責任
    重債務貧困国のガヴァナンス(統治機構)の問題が、債務問題を考えるうえで最も重要
な位置を占めている。なぜならば、これらの国々には独裁政権の国が多いのである。その
ため、先進国の膨大な援助と融資の管理を非効率なものにしている(非民主的な経済政
策や汚職など)。
しかし、この軍部の台頭の原因はなんであるか。その一因は、アメリカの国際開発局・
国防省第三世界諸国エリートを政治経済的・軍事的に訓練していることであろう。このことから、バットガバナンスの要因がアフリカ諸国自身にあると一概にはいえないはずである。さらに、冷戦時代に、ソ連が闇雲にアフリカの地域紛争・内戦に兵器を流し込んだことにも、アフリカの政情不安の原因がある。
また、バットがヴァナンスの最たる原因には以下の二つのことがあげられる。一つは、前述の通り、植民地時代に宗主国によって人為的に引かれた国境線である。これによって、一国の中に多様な宗教と民族(部族)が内包されることとなり、政治的対立や地域紛争が止んでいない。もう一つは、アフリカ諸国が近代的な行政制度・財務政策に不慣れであることである。この原因の根底には、植民地時代の宗主国の支配体制がある。つまり、イギリスの植民地支配方式は本国の財政負担をできるだけ軽くするという原則に立って、現地のアフリカ人を行政・財政機関に組み入れるという間接統治を行ったため、イギリスを宗主国とする独立国では比較的スムーズに政権委譲が行われたが、その他の宗主国下の植民地ではアフリカ人がほとんど近代的な政治・経済システムに関わることができなかったのである。ゆえに、独立後も国内は混乱し大国の介入により政情がより悪化したのである。
西欧諸国は、ヒトラー主導によるドイツ第三帝国形成に伴い、植民地統治に必要である軍資金・経営資金を生み出すヨーロッパの生産システムが崩壊したことから、植民地を維持するために必要な軍事・警察などの社会統制費用や港湾設備維持などのインフラ、さらには徴税のための行政コストなどを創出できなくなり、二次大戦後にアフリカを見放したといってもよい。ゆえに、彼らの無責任さも改めて問われるべきである。

b、現状政策分析の総括
  以上のことを踏まえると、変革すべきは、?WTOに基づく貿易構造、?国際融資制度、?アフリカの権威主義的な政府、であるといえるのではないだろうか。

  しかし、現段階では研究が不足しているため、本レジュメでは?・?に関する変革案を模索していくことに留める。

c、変革の方向性

 ?アフリカ諸国の経済の大半は、国際価格の安い一次産品を軸としているゆえに、十分な外
資を獲得できていない。貿易の自由化により輸入割当制が禁止され外国の製品を輸入せねばならないうえにダンピングも行われ、また、肥沃な土地のほとんどが大農場によって占められ自給率が低下していることから食料(食糧)輸入せねばならず、それゆえ、国際収支の赤字は必至である。たとえ、輸出により黒字が出たとしても借款返済のために徴税されてしまう。また、その輸出製品にも不平等な関税をかけられたり、タリフエスカレーション(加工食品に対する高関税)もなくならない。

  以上のことから現時点で考えられることは、
第一に、「輸出品の貿易障壁を削減」して豊かな国が貧しい国からの輸入を増やすことで、貧しい国々がもっと外資を獲得できるようにすること。
    第二に、一次産品の価格を、世界経済が混乱しない程度に上げていくこと、である。

 これによって獲得された外資は、社会福祉政策と債務返済に当てられる。

 ?新たな国際融資制度
障ネ、融資資金は従来通り調達するが、その資金はいったん国際的な知名度を備えた第3者機関に預け、そののちその機関を媒介として途上国政府に貸し付けられる。これにより、資金の流れに対して透明性が求められ、不当な使用は即刻、国内外から非難を浴びる。また、資金を受け取った途上国政府に対しても、NGO団体などのこれまた第3者機関による監視の目が向けられる。正当な使用がなされず汚職が見つかれば、即 刻、融資を打ち切る。
   障ノ、資金の使い道は、社会福祉政策と、自給用の食料を生産するために一次産品栽培
の土地の一部を失った人達に対する補償金に当てる。
   障ハ、債務返済は旧宗主国と共に行う。現在、旧宗主国が衛生的な生活を送れているのは植民地時代があったからである。債務返済のメリットは日々の生活である。しかし、第3者機関より、途上国政府に汚職が見つかった場合には即刻、支援を打ち切ってもかまわない。
障ミ、できるだけ、債務の無償削減を行う。
   障モ、利子のない無償援助制度を確立する。




  IMF・IBRDに自らの手で貧困を解決していく意志があったかどうかには疑問がある。なぜ
ならば、ミレニアム開発目標が掲げる理想と、IMF・IBRDが後押ししている新自由主義政策
の間には矛盾が存在するからであり、また、構造調整の失敗やその経済改革が実行される契
機となった1980年初頭の経済危機の根本的な原因が、西洋諸国が植民地時代にアフリカ大陸に残した大きな傷跡、つまり、モノカルチャー経済と人為的に引かれた国境線、さらには、アフリカ諸国が不慣れである賃金経済システムであるのにもかかわらず、西洋諸国はその原因の一つとしてアフリカ政府の行政能力・財務能力の不足を挙げているからである。現代の世界システム自由民主主義・資本主義経済が絶対なのか。

彼らが真っ先に考えるべきことは、人間の生命であり人間の生活である。そうでなくば、次世
代のアフリカを背負い、偉大な大陸を覆いつくしている暗雲を切りはらう、才能豊かな青年達が現れるはずもない。