第四弾:空虚は充足へ

             
法学部2年 杉田壮


前回、社会背景としてコミュニティの概念の変容を述べてきたが、それでは実際に空虚感が生じてしまう原因、そして現状を分析しながら今回はその解決策を探っていく。

なぜ?

現代における自己確認型犯罪、非行などが生じてしまう根本原因は何か?
空虚感(自己の存在感喪失)とは精神心理学上では自己同一性拡散(自分は何者なのか、どう生きるのかといった自分の置かれた状況や将来の見通しに何かしら違和感を感じること)に近い意味を持ち、自己同一性とは端的にはアイデンティティのことを指す。アイデンティティーとは自分自身にとっても他者にとっても自分は自分であるという自信、さらに言うと今の、この自分以外に自分はなく、過去の自分とつながっており、これをベースに未来の自分があるはずだ、という自己肯定的な感覚のことである*1
自己同一性を確立するには他者の存在が欠かせない。自分がどういった部分で(それは例えば自分の身体や社会的地位、性格等)他者との違いがあるのか、もしくは同じであるのか、これらを判別するには自分以外の他者という存在があることを前提になされるからだ。そして自己同一性を確立するには直接自分が自分のアイデンティティーを意識する以外に、他者も同様に自分のアイデンティティーを認めてくれているという感覚が必要である。
この自己同一性の感覚は最初は乳幼児期から養育者を通して、その後は養育者以外へと移行対象(アイデンティティーを形成する際、自分以外の他者となる相手のこと)が移っていくことで徐々に形成されるもので、こうした感覚は誰もが常に持ち合わせている当たり前のものだと思われがちだが、必ずしもそうではない。
青年期になると、こうした自己同一性の感覚は揺らぎ始める。青年期は「特定の社会的現実の枠組みの中で定義される」つまり将来、自分がどういったメンバーになり、どのような役割を担おうとするのか、決定を迫られる時期である。もっとも現代では、たいていの少年にはそう切迫感のあるものではなく、漠然としているのではあるが、それでいてもやはり「自己の発見」(個々人が将来の方向性を決める)が多種多様な形で起こり、それと同時に現実社会に自らを押し込まねばならないという悩みが交錯するこの時期には、感情過敏、情緒不安定等の他、未熟な観念の世界に生きようとして現実との矛盾や衝突に直面し、これを着実に処理する自信はなく、欲求不満、内的不安、精神葛藤は増大し、その未成熱さや不健康を暴露して、種々の不適応行動や社会逸脱行動に走ったり、さまざまな病的反応、神経衰弱、ヒステリーなどに追い込まれることも少なくない。
さらに、精神分裂病などの精神病の発病の例もまれではなく、この精神病的人格の発展が一般に顕著となり,とくに衝動爆発性格、自己顕示的性格(いずれも自己確認型犯罪、非行において典型的な特徴)が目立つようになる*2
これら様々な症状は「自己同一性対自己同一性の拡散」というアイデンティティーの問題抜きには語れない。といっても青年期は誰もが自己同一性の拡散に悩むものであり、拡散状態に陥ってはならないとするのは不可能である。自己同一性とその拡散は、両者が一定の割合で個々人のアイデンティティーの形成に関わるのであって、青年期とはこの自己同一性の拡散に直面し、それをくぐりぬけ、改めて同一性を確立することが課題となるのである。先ほど症状の例において少し触れたが、自己確認型犯罪、非行はまさにこの青年期の段階で生じる。傷つけられることなく肥大した幼児的万能感(自分は何でもできるという幼児的思考)と欠如した移行対象との間で自己のアイデンティティーを形成することができないことが原因なのである。

どうすればよいか?

以上のような原因を考慮しながら、では解決の方向性をどのようにすべきか。自己確認型犯罪、非行は現代における犯罪の主要類型だが、これについて、法務省総合研究所は「対人関係を円滑に結ぶスキルが身に付いていない」、「周りの誘いを断れない」、「心から信頼し合える関係を持てない」など、交友関係面での不適応感を多く指摘している。
また、自己確認型のように、現代の青少年犯罪の多くは「交友面での不適応感を積極的に解消するのではなく,人に追従したり,自らの責任を回避して,不適応感から目を背けようとする傾向」、「甘えの通用する身近な家族や友人関係といった狭い人間関係内にとどまって,互いに傷つけることを避けようとする傾向」がある、と述べている。
端的には、狭い人間関係の中だけで、お互いに相手を傷つけるのを避けようとする非積極的な対人関係が信頼を構築できないでいる所以であって、このことから同研究所の分析では
1、少年同士が共通の目標に向け,集団的に行動する中で,互いに価値観,感情をぶつけ合いながら,切磋琢磨し,成長していくこと。
2、少年同士の交流の機会を多く持たせ,多様なかかわり合いを実際に体験させることが彼らの成長を促し、その過程で,自律性や責任感,向上心等を身に付けさせること
*3
という処遇を重要視している。しかしながらこれは処遇の方向性であって未然に犯行を防ぐことにはならない。そこで実際に問題解決にあたっては個人の主体的な参加を重視し、組織として共通の目標、多様な価値観を備えたNPOやボランティアといった組織とそこにおける個々人のかかわり合いを検証する。
まず、今現在多様に存在するNPOやボランティアといった組織に実際にかかわっている青少年の参加率は極めて低い。全体でも10%程度と低いことは挙げられるが、15歳以上20未満の参加率、また20代の参加率はほとんど0に近く、「今後は参加したい」もしくは「参加したくない」が大部分をしめている。
青少年、特に15歳から20歳までの著しく低い参加率の理由として最も挙げられるのが「きっかけがない」が53%、続いて「興味がない」が24%、以下「時間がない」「情報がない」がそれぞれ10%となっている*4
ここにおいてボランティア等への意識は高いのだが実際の参加は極めて低いというギャップが生じてしまっている。
だが、だからといってボランティア活動の有用性を考えないわけにはいけない。経済企画庁の報告でボランティア活動を通じてよかったこと、というアンケートでは「新たな友人や仲間が増えた」「自分自身の生きがいを得ることができた」といった回答*5がいずれも上位になっていることは問題解決に向けてボランティア活動を行っていくことは非常に有効な手段となるのである。そのためボランティア活動を価値あるものとして維持していくためには、ボランティアに対するギャップをどう埋めていくか、つまりは個々のボランティアの自発性をいかに高めてゆくかというモチベーションが非常に重要となってくる。

具体的には?

そこで私が提言する政策はボランティアコーディネーターを仲介とした学校や社会教育施設NPO等の協働である。ボランティア活動のギャップを埋めるためにボランティアコーディネーターの役割、すなわちボランティア活動をしたい人とボランティア活動をしてほしい人との間をとりもつこと、を重視した学校やNPO等とのパートナーシップを図る。ボランティア活動の運営の良し悪しがこれまでボランティアのモチベーションに大きく影響してきたが、ここではそれを単にマッチングによって解決するというボランティアコーディネーターの今までの役割の他にコーディネーターが実際に学校やNPOの支援、調整を行い、コーディネーターが中心となってボランティアの情報提供や活動内容を若者に提供していく。目的は、若者にアドバイス、支援を行い、個々の若者をサポートすることである。
学校やNPOなどともネットワークを形成し、例えば私が問題意識に抱く自己確認型犯罪、非行においては自己同一性の拡散が根本原因であることから、種々の不適応行動や社会逸脱行動を起こしてしまう傾向がある若者にはユースボランティアなどの情報提供など、また他にも若者が青年期に抱くあらゆる問題に対し包括的支援を提供していく。
13〜19歳のすべての若者が対象とし、若者が社会との接点を失わないよう、在学中から働きかけ、若者を一般的アドバイス、サポートが必要な層から、集中的・専門的サポートを必要とする層までに分類し、特に後者を重点的にサポートする。進学者には一年に一度、特に問題がある者には数ヶ月に一度接触し、 ボランティアコーディネーターが個々の若者を一対一の信頼関係をもとにサポートしていく。一対一のサポートは少年院の保護監察官がそうであるように、対人関係における若者の悩みを解決するのに有効である。
しかしながらここで問題となってくるのがコーディネーターのネットワークが未発達で、これまでの領域を超える役割を担う以上コーディネーターの負担が増大することである。コーディネーターにとって何より苦痛であるのは、自分と同じような立場にある人が組織の中に他にいないことである。そこで必要なのが同じような立場の人々のネットワークを広げ、その他の課題でもあるコーディネーターの世間的認知、また養成も含めコーディネーターの活動をさらに促すことである。具体的には病院や博物館といったいくつかの分野ごとのネットワークだけでなく、学校や福祉施設NPOにおけるコーディネーターなど母数が多い集団のネットワークを構築していくべきである。そのためにも2001年に設立された「日本ボランティアコーディネーター協会(JVCA)」といった全国的な組織を利用した研究や研修、情報提供が有効である。

以上の政策を行うことにより、青少年が抱える問題を個別に対応していくことができる。自己確認型犯罪、非行は決してただ一つの原因によって生じるわけではない以上、包括的な対策が必要となる。そこにおいてこの問題を解決するにあたってボランティアコーディネーターは非常に重要な役割を果たし、それが自発的なボランティアへの参加、ひいては青少年が生きがいを見出すことが可能となるのである。







このコンテンツは連載形式です。連載一覧は、こちらへ→http://www.yu-ben.com/2006zenki/contents/top%20page%20all%20members.html早稲田大学雄弁会HP内)

*1:三原芳一著 「少年犯罪の心的ストーリー」(2006(株)北大路書房)第3章「思春期のストーリー」

*2:犯罪白書 平成17年度 http://www.moj.go.jp/HOUSO/hakusho2.html

*3:犯罪白書 平成17年度 http://www.moj.go.jp/HOUSO/hakusho2.html

*4:ボランティア白書

*5:国民生活白書 平成16年度 平成12年度
http://www5.cao.go.jp/seikatsu/whitepaper/index.html