第三弾:資本主義の分析と発展の展望

国際教養学部2年 鶴渕鉄平


第二弾で見たように、世界には不平等な世界貿易構造が存在している。そして、そのために、サブ・サハラ・アフリカの貧困層は、貧困状態から逃れられずにいた。では、貧困改善のために、この不平等構造を改善し、アフリカの経済発展、工業発展を起こすことは可能か。この不平等な経済構造を、資本主義そのものの在り様に立ち返って説明する理論として、イマニュエル・ウォーラーステイン世界システムが存在する。
今回第三弾では、その理論を検証し、現実の事象との整合性も踏まえつつ、サブ・サハラ・アフリカの発展可能性を見出すことを目的とする。


なぜ、世界システム論を取り上げるのか

世界システム論には以下のような特徴がある。

 ①世界を包括的に扱おうとしている。
 ②いわゆる、プロト・グローバリゼーションという初期の形態がいかにしてグローバリゼーションの時代にシフトしたのかを示す、一種の物語および発展という概念を提示している。
 ③不平等及び不均等が世界システムの核心部分である点を強調している。
 ④それにもかかわらず、限られた範囲であるが、ヒエラルキーの階段を上る(下ることも同様)ことが可能であることを認めている。


サブ・サハラ・アフリカの貧困は、世界的な経済システムに構造的要因があった。ゆえに、一国の経済体制の枠組みを超えて世界的枠組みで、現在のシステムを分析する世界システム論は、貧困の構造的要因を分析する理論として適している。さらに、不平等構造を核心とし、かつそのヒエラルキーの変容を理論の射程内にもつ世界システム論は、現在の貿易の不平等構造とも結び付けられ、かつその改善の手がかりにも見出せるものである。ゆえに、世界システム論を取り上げる。


世界システム論とは

アンドレ・フランクに代表される従属理論*1を継承しつつ発展させたのがイマニュエル・ウォーラーステインの提起する世界システム論である。
従属論にくわえフェルナン・ブローデル歴史学的方法論(アナール学派)に依拠して展開された世界システム論は、なにより資本主義は歴史的な社会システムであると本質規定する。その際、資本主義世界経済(近代世界システム)の起源を15世紀末のヨーロッパに求め、その後幾世紀にわたり他の世界諸国に対する拡大と組み入れを繰り返すことによって19世紀中頃には真に世界的な広がりをもち、世界全体を包括するに至ったとする。このようにウォーラーステインは資本主義世界体制を新たな時系列のなかで歴史的に捉えなおし、世界経済の構造を、
「中核(中心)」−「半周辺」−「周辺」からなる三層構造
によって把握する新しい世界経済構成論を提起した。ウォラーステインの三層構成論は、世界経済における垂直的収奪構造を指摘した従属理論の影響を色濃く残しながらも、資本主義世界経済に貫かれる基本的な動態把握方法として、あくなき資本蓄積とそうした価値法則の追求に支配された論理、単一の社会的分業体制の動態を描き出した。
ウォーラーステインによれば、資本主義とは「大利潤の実現を目的とする、市場での販売向けの生産」あるいは「市場で利潤をもとめる生産の様式」と規定し、それが世界システムの編成原理である以上、市場は必然的に世界市場となると主張する(資本主義的世界経済)。そして利潤を求める市場向け商品生産の内的論理に基づく活動が異なった諸地域の多様な生産形態を商品連鎖によって相互に結びつけることによって、ひとつの世界的な資本蓄積メカニズムを構成する。

以上が、世界システム論の基本的な理論だが、肝要なのは、「世界システムは、安定化していくにつれて、支配的な中核部分、半周辺、従属状態に置かれた周辺という3種類の国々の間の構造化された関係に固定されるようになった」ということである。「中核」は、「周辺」との間の壮大な分業体制を利用してシステム全体の経済的余剰の大半を握っている。「周辺」は経済的に「中核」に従属させられ、文化的にも「中核」のそれが優位に立っている。「中核」は経済的には製造業や第三次産業に集中する。一方「周辺」は鉱山業や農業のような第一次産業に集中している。半周諸国の特徴は、中核諸国に匹敵するほど技術進歩が見られず、豊かでもない反面、周辺諸国ほど自律性を欠いてもいなければ、従属を余儀なくされてもいない点であり、他の2つのタイプの国々にとって欠かせない緩衝地帯の役割を果たし、中核諸国の永続的支配に対抗する力を分断しているとされる。

特定の国々のこうしたヒエラルキーの中での立場は、決して固定的なものではなく、日本が1870年代の周辺状態から、1980年代には中核ブロックの第2位に上昇するという目覚しい能力を示したように、移動する可能性もありうる。しかし、周辺から中核への移動は、通常困難を伴う。それというのも、一度ある国々によるほかの国々に対する支配が確立すると、前者は、多種多様な不平等な交換関係を永続化させるために、その支配を利用することが出来るからである。つまり、中核諸国は、その他の国々やその生産者からの物資の購入にあたって値切ったり、自分たちの製品を法外な値段で買わせたりするために、技術や市場を独占してコントロールするのである。この技術や市場の独占は、WTOにおけるタリフエスカレーションなどの不平等税制や産業への規制措置が現在の現実に起こっている例として挙げられる。*2


世界システム論はアフリカに応用可能か(アフリカの工業化への疑問に対して)

アフリカ研究者である児玉谷史郎氏は、「NIEsを中心とするアジアの発展途上国における工業化の進展は、先進工業国と一部発展途上国の関係が従来の農工間分業から工業の国際分業の一環へと変化してきたことを示している。ところがアフリカはこのような発展途上国をも含んだ工業の国際分業の展開から完全に取り残されてしまった。アフリカ経済の停滞、アフリカ経済の周縁化とは、アフリカがこの国際分業の新展開の外側におかれていることと表裏一体であると言ってよいだろう」と指摘している*3

しかし、アフリカ諸国は本当に現在も世界システムから排除されているのであろうか。本多健吉氏は「かつての一国の周辺化と貧困は、従属学派が言うように帝国システムに組み込まれ、宗主国に搾取されたことによって発生した。しかしグローバル化時代の貧困は多国籍企業を主役とする世界システムから排除されたことによって生じる」と結論付けている*4。そして、紛争が多発激発国の例をあげ、「国内的であれ、国際的にであれ、紛争の根源は地域的不均衡・不平等の拡大にある。国際社会における紛争激発国は、すでに示したように多国籍企業から見離されてグローバル・システムからドロップ・アウトさせられた諸国である」としている*5。紛争の根源は地域的不均衡・不平等の拡大にひとつの大きな要因をもつであろうが、アフリカの場合、むしろ紛争は多国籍企業の利潤獲得動機と多段階的な商品連鎖を基礎としたグローバル・システム(世界システム)と、アフリカ諸国のローカル・アクター(政府・武装勢力等)間との密接な関連のうえで発生しているケースが多い。政治的不安定によって多国籍業や新興企業がそうした地域から距離を置くことは確かにそうした諸国の経済発展の方途を閉ざす結果(経済的格差の循環的・累積的拡大)に導いているが、多国籍企業がそうした諸国に直接投資をすることはなくても、鉱物資源や希少金属のようにそこに巨大な利潤の存在が明白である場合、現地資本や政府を中心とした輸出産業を梃子とする世界市場の流通段階への多段階的結合は可能であり、まさにそうした国際環境と国内構造が硬直的に連結した関係が維持されることこそが、本多健吉氏のいう「経済的格差の循環的・累積的拡大」の真の要因であり、ウォーラーステイン世界システム概念の中核概念に結びつくことになろう。
そしてこれは、農業生産においても同様なことが言える。第二弾でも述べたように、一次産品のほとんどはサブ・サハラ・アフリカ諸国から未加工の形で輸出されているのであり、生産物の付加価値は多国籍企業の手に渡っているのである。
このような意味において、従属論者や「世界システム論」が提起した「垂直的従属関係」と「商品連鎖」の概念は、現在に至っても一定の有効性があり、とくにアフリカを中心とする発展途上国の現実を把握するツールとして重要な側面を有している。21世紀初頭の現代アフリカ諸国でみられる現象は、まさに多国籍企業を経由した歴史的な収奪関係が世界市場を通じて厳然として存在し続けていると言える*6


中間のまとめ

以上、世界システム論の理論の基本的把握と、アフリカの現実的状況への整合性を把握した。これらを基に、次回の第三弾後半では、ウォーラーステインの将来予測と世界システム論への批判を把握する。そして、それらへの反論や考察から、サブ・サハラ・アフリカの発展展望を述べる。



このコンテンツは連載形式です。連載一覧は、こちらへ→http://www.yu-ben.com/2006zenki/contents/top%20page%20all%20members.html早稲田大学雄弁会HP内)

*1:現在の発展途上国の近代化はいくつもの有力な先進国と競争しながら達成しなければならない。すると、途上国の状況は単に開発が未熟な段階にあるという意味で「未開発」と表現するのは不十分で、先進国の繁栄がかえって途上国の開発可能性を低めているという意味で低開発」という表現が適している。このような認識に基づき論じられたのが従属理論である。従属理論についてより詳しくは以下をご参照ください。
早稲田大学雄弁会HPhttp://www.yu-ben.com/frame.htmlにおける、 構造把握研究会『蒼い星』  レジュメ「『周辺』の発展展望」http://www.yu-ben.com/2006zenki/kouzouhaakukenkyukai/aoihoshi/tsurubuchi2.html 【従属理論】の章

*2:タリフエスカレーションなど、中核諸国の不平等交易関係を持続させる力の、具体的事象についてより詳しくは、以下をご参照下さい。早稲田大学雄弁会HPhttp://www.yu-ben.com/frame.htmlにおける、構造把握研究会『蒼い星』  レジュメ「サブ・サハラ・アフリカと世界市場の関わり」http://www.yu-ben.com/2006zenki/kouzouhaakukenkyukai/aoihoshi/tsurubuchi1.html 【不条理な傾斜税制】【産業への規制】の章

*3:児玉谷史郎著「アフリカ−失われた10年と構造調整の10年」柳田侃/奥村茂次/尾上修悟編『新版 世界経済−市場経済グローバル化』(1998 ミネルヴァ書房)P.197

*4:本多健吉著「第三世界運動の崩壊と新興市場−グローバリゼーションの衝撃」本山美彦編『グローバリズムの衝撃』(2001 東洋経済新報社)P.70

*5:本多健吉著「第三世界運動の崩壊と新興市場−グローバリゼーションの衝撃」本山美彦編『グローバリズムの衝撃』(2001 東洋経済新報社)P.71

*6:アフリカの鉱物と世界経済−理論検討−  明治大学大学院商学研究論集 第22号2005年2月 を参照