『鳥と私たち』 政治経済学部1年 藤田康宏

 九月中旬に差し掛かっても残暑が引かないこの頃、私は日中自宅から片道20分で東京都吉祥寺にある井の頭恩賜公園にしばしば足を伸ばし木陰の下で時間をつぶしている。意識して運動をする必要のある大学生として毎晩夕刻にランニングをしており、暗闇と静寂に包まれた井の頭公園の風景は見慣れたものになっていたが、日中の情景は私にとって真新しいものであり夏の風物詩であるがやがやと鳴り響くセミの声の間からかすかに漏れ聞こえてくる鳥のさえずりに耳を傾けていた。夜には決して聞くことのできない高い音色の奏で手、聞くところによると鳥とは「すごい」生き物であるそうだ。

 一説によると鳥は6500万年前に隕石の衝突によって絶滅したと考えられている恐竜の一部が生き残り、激変した環境に適応して現在まで生き残っている恐竜の末裔とされてる。両者の間には多くの類似点が存在している。恐竜の骨格と鳥の骨格はとてもよく似ており、ティラノサウルス等に羽と嘴を付ければたちまち鳥の骨格になってしまうそうだ。かつて巨体を生かして地上を闊歩していた王者恐竜とコンパクトな体で空を舞う鳥の間のイメージのギャップに興味をそそられた。実際私の実家では長らく手乗りのセキセイインコを飼っていたが、私の肩に乗っかるやいなやメガネのふちをかじりだしてその凶暴ぶりを発揮しており、私はさすが小さな恐竜だと彼のいたずらを半ば恐れ、半ば楽しんでいたのである。

 鳥の奥深い点とは進化の過程にとどまらない。鳥は同時に賢い生き物でもある。身近に生息し、かつ賢いことで有名な鳥としてカラスが挙げられよう。車にくるみを引かせてくるみの殻をつぶす、人の顔を識別できる、やすやすとゴミ収集所のネットを破る等と例を上げればきりがない。2007年には慶応大学の研究グループがカラスの脳を輪切りにした脳地図の作成に成功し 科学的にカラスは知能が高い生き物であると証明した。

 カラスは大脳が発達していること、大脳の中でも複雑な情報処理を行っている、ヒトの脳でいえば「連合野」に相当する「巣外套」「高外套」がハトなどに比べて格段に発達していることが判明しました。
(渡辺 茂 慶應義塾大学文学部教授)

 鳥類の知能について有名な研究として、アメリカのバランダイス大学教授、比較心理学者のアイリーン・ペパーバーグ博士がアフリカ西海岸の森林地帯に分布するオウム目オウム科のヨウムを用いて行なった実験が挙げられる。ヨウムの体長は約33cm、体重300〜500g程度で平均寿命は50年前後 、集団を作って行動するためコミュニケーション能力、知能が高く人の言葉をしゃべれるのでペットとして人気が高い。1977年、ハーバード大学を卒業したばかりの博士は一歳のヨウムを研究室に持ち込んでアレックス(1976-2007)と命名して英語を教えこみ、ヨウムに「知能」が存在するかどうかの実験を行なった。アレックスは今まで鳥には出来ないと思われていた実に多くのことを成し遂げた。The Alex Foundation(アレックス財団)のホームページに載っているアレックスの説明を引用する。

 Known as one of the most famous African Grey parrots in history, Alex pioneered new avenues in avian intelligence. He possessed more than 100 vocal labels for different objects, actions, colors and could identify certain objects by their particular material. He could count object sets up to the total number six and was working on seven and eight. Alex exhibited math skills that were considered advanced in animal intelligence, developing his own “zero-like” concept in addition to being able to infer the connection between written numerals, objects sets, and the vocalization of the number. Alex was learning to read the sounds of various letters and had a concept of phonemes, the sounds that make up words.

(歴史の中に名を残したヨウムのアレックスは、鳥類の知能において新しい道を切り開いた。彼は異なった物体、行動、色に対する100以上の異なった言葉を持ち、特定の要素から対象を識別できた。また6まで数えられ、7、8の練習中であった。アレックスの知能は動物としては発達していると考えられている数学の能力を示した。自分自身のゼロのような概念を発達させて、加えて1以上の数えられる数字と、数えることと、数の発音の関係を推論出来るようになった。アレックスはそれぞれの単語の発音を習得し、出来事の概念を持ち、発音して言葉を形作っていた。)

 博士が実験を始めた当時はアレックスにとっても、博士にとっても厳しい時代であった。20世紀初めには動物が「知能」を持っているという考え方は全く相手にされず、彼女は学会から異端者とされてしまった。多くの研究者は、動物を機械のようにみなす行動主義の立場をとり、マウスを使った室内実験に没頭した。実験内容の具体的な内容とはオペラント学習、条件付け学習という。押すと餌が出てくるレバーがついた箱の中にマウスを入れて初めのうちは偶然にレバーを押して餌を得るが、次第にレバーを押すと餌が出てくることを学習して自発的にレバーを押すようになる、というものである。
 お分かりのようにこの方法では実験対象が自分で考え行動しているかどうかを測定できない。単に条件付けに対する‘反応’に習熟しているかどうかが分かるのみである。仮に人間が同様な実験を受けてオペラント学習がうまくいったからあなたには「知能」がありますよ、と言われれば果たして本人は納得するであろうか。つまり当時は動物が「知能」を有していないという前提で研究が進められ、そのまま常識として動物に「知能」なしと結論づけられていたのである。存在しないから存在しないではなく、知らないから存在しない。

 なぜ当時裏付けのない常識が当然とされていたのか。博士がアレックスとの研究、生活の集大成として発表した Alex & Me (アレックスと私)の中で彼女は、人々の中に動物には「知能」が存在していて欲しくないという感情が存在し、それは自分たちが特別で優れた存在でありたいという思いがあったからではないかと指摘していた。実際に自分達が他の動物と比べて優れていると信じている人間の方が大多数であろう 。「知能」についての論争は学会でも白熱して収集がつかなくなり、ついにはヨウムが人の言葉でコミュニケーションを行えるかどうか以前に科学者の間でコミュニケーションが成り立っていないという状況になったという。「知能」の問題に対しては論理面だけではなく感情面の問題でもあったのだ。

 我々人間は動物と違うという考え方は以上の理由から根強いものがあったが、現在では人間の「知能」は動物のそれと質的に異なるのではなく、動物の「知能」の延長線上にあると考えられるようになってきたそうだ。

 最後になるが、井の頭公園の一角にある井の頭動物公園にこんな動物が展示されている。


ヒト(檻の中に鏡が入っている)

 「ヒト 学名:HOMO-SAPIENS 英名:WOMEN MEN 分布:いたるところ 宇宙まで 分類:霊長目 ヒト科」 「特徴 ・好奇心が強い ・あつかい方によっては大変危険 ・鏡の中のあなた」


 確かニューヨークでは「世界一危険な動物」と称して同じような展示があったと聞いた。アレックスは私たちに、自分自身を客観的に捉えるべきだとの教訓を残した。彼は本当に賢い鳥であったとの思いを禁じ得ない。