『時を惜しみ、青春を刻め〜母校の恩師Y先生の「総合的な学習の時間」について〜』政治経済学部二年 竹田雄大


タイトルの「時を惜しみ、青春を刻め」、僕の大好きな言葉なんです。座右の銘と言っても良いかも知れない。青春を惜しんで時を刻むことはするな、過ぎゆく人生を惜しんで、ただただ無為に時を刻むだけの日常など無価値だ、そんなメッセージが伝わってきます。

これは、静岡県浜松市にある某公立中高一貫校である僕の母校、なんて言うとどの学校か特定できてしまうんですが、その学校の下駄箱前の時計の柱にくっついている小さな銅板に書いてある言葉、なんですね。誰の言葉かなんて分かりません。いつからある物なのかも知りません。
その学校に僕は6年間通いました。今顧みても、非常に密度の濃い“青春を”刻んでいたな、と思います。朝5時に起きて生徒会の仕事でパソコンを叩き、7時に登校してトランペットの朝練、昼休みは生徒会の面々と打ち合わせ、放課後は吹奏楽部に飛んでいき、部活の“本編”が終わり次第、生徒会室の書類の整理、それが終わればお次は部活の第二ラウンド、曲目の合間に行われる「男演」と呼ばれる寸劇の練習の為に駐輪場の一階へ飛んでいく。そうしている内に、弓道部が帰りサッカー部もバスケ部も野球部も帰り、先生に「早く帰れよー」なんて言われながら、日付が変わる直前まで、銅鑼声張り上げて台詞の練習をしたものです。

その学校生活でこの部活と生徒会に匹敵するくらい、僕の中で大きな位置を占めていたのが、「総合的な学習の時間」でした。「総合的な学習の時間」とは、所謂「ゆとり教育」の中の「子どもたちが自ら学び自ら考える力の育成」という目的から、平成14年に導入された物で、「子どもたちに自ら学び自ら考える力や学び方やものの考え方などを身に付けさせ、問題の解決や探求活動に主体的、創造的、協同的に取り組む態度を育て、自己の生き方を考えることができるよう、創意工夫を生かしながら具体的な学習活動を進め」る物です。(文部科学省ホームページより引用、参照:http://bit.ly/aVBUlhhttp://bit.ly/6fOtHz

しかし僕の友人に聞きますと、その性質上、具体的な進め方のテンプレを作れないこの「総合学習」、実際のところは、読書の時間になっていたり、通常の授業の補填に使われていたり、という学校も少なくないようです。

僕の母校では違いました。

そもそも、“田舎の公立中高一貫”という特殊な環境もあったんです。高校受験という壁はなく、かと言って「大学受験一直線!」という私立有名校のカツカツした風潮(あくまで僕の偏見ですが)も無く、田舎ののんびりした空気の中、その6年間をフルに使って、「自ら考える」という、テストの点数にならない勉強をさせてもらえたんです。しかも、その6年間の連続性を活かし、中学では「調べ学習」が中心、情報を仕入れ、整理する、という手法の体得、高校では、もう大学の所謂「学問」の一歩手前。自分の関心領域に基づいて、模範解答のない問題を、自分で“勝手に”調べ、自分で考えるという段階的なプログラムを組む事も出来たんです。そんな特殊な環境もあって、非常に有意義な、まさに「総合的な」学習をすることが出来ました。もう少し詳しく書かせてください。

高校時代の総合学習の中身について簡単に説明します。高一の時は、いくつかのコースが呈示されるんです。IT関連、法律関連等々、その中から、なんとなく自分の感性に合うコースを選択して、その中で自分達のテーマを見つけ、集団で意見をまとめ、発表をするんですね。ここで何が面白いかというと、高校と大学でのタイアップが行われた事なんです。各コース、地元の浜松大学という大学の先生がついて下さり、その先生に、調べている内容について相談したり、考えを議論してもらったり出来たんです。地元の小規模な私立大学とはいえ、大学はやはり大学。例の特殊な土壌もあって、当時学校の勉強以外にも興味を持ち出している人が少なくなかった我々にとって、高校の先生の教える範囲を超えた「専門的」な世界に触れられた事は非常に新鮮で刺激的な経験でした。法律系のコースを選んだ僕は、そのコースについて下さった准教授の先生の専門の関係で、情報化社会と法律という観点から、著作権や、当時運用直前だった住基ネットについて、夢中になって調べました。
 
その経験を経て高校2年生では、5人以下の、より小規模なグループに分かれ、自分の興味のある分野について自分達でテーマを決めて、それについて考える、という形になりました。本当に様々な課題が選択されました。日本経済の活性化について、幻肢と呼ばれる現象(事故等により手足を失った人が、存在しない筈の手足を存在すると誤認識すること)について、災害地で活躍するロボットについて…相当に自由度の高いプログラムでした。僕達は、憲法9条の問題について調べていました。当時は、宗教色が弱く、60年間一度も戦争しなかったという実績を持ち、更に経済の規模も大きい日本であれば、世界の平和の為に何かできるのではないか、と、そんな事を考えていたんですね。それで、「海外貢献」をするなら、自衛隊はどの様な形をとるべきなのか、ということを考えました。
 
「考えました」だけじゃ終わらないんです。高校二年の秋、修学旅行。行き先は、まさかの東京。浜松から新幹線で1時間半です。周りの高校が沖縄やら海外やらに飛んでおり、「修学旅行で東京なんて小中学生じゃあるまい」などと言われる中で、敢えて、です。東京で何をしたか、端的に言えば、総合学習のグループでの完全な自由行動です。平日に東京に行ける、という機会をフルに活かし、自分の研究領域の専門家に事前にアポを取り、会ってくれるお礼に渡すうなぎパイの袋を下げて、自分達で会いに行ってきたんです。因みに僕達は、伊藤塾、駒大、一橋大、自民党本部の4箇所を2日間で回りました。改憲派護憲派の専門家2人ずつ、非常に密度の濃いお話をお聞きすることができました。率直に、楽しかったです。自分の研究の為に、会いたい人に会い、聞きたいことを聞く、それを基に仲間と議論を重ねながら、考えて考えて考える。そうしてまとめた意見を、学年末に全体に向けて発表する・レポートにまとめる。それが、高校時代の「総合学習」で我々がしてきたことです。そうです。これは現在の我々の活動まさにそのままなのです。

この体験があったからこそ、僕は「学問」の愉しさを知りました。

この体験があったからこそ、僕は、「自分が政治に興味があること」を知りました。

この体験があったからこそ、僕は雄弁会に入りました。

総合学習は、自分の興味関心について真剣に向きあうという事を“知る”絶好の機会です。総合学習は、学問の世界の入り口を垣間見る事ができる絶好の機会なんです。僕の高校では、例えば、「とりあえず早稲田に入れれば!」と、一つの大学のいくつもの学部を盲目的に受験する、などという人間は非常に少なかったように記憶しています。それは、こうした体験を通じて、「大学でやりたい事」に真摯に向きあう事ができていたからだと思います。僕自身、「世界の平和の為に何かしたい!」という願望に気付き、その手段として政治に興味を持った事が、早稲田大学政治経済学部を選択する際に最も大きな要因となりました。明確に「学びたいこと」を持って、大学受験に臨む事が出来たのです。

自分の目標を定め、それに向けていましなければならないことを逆算、それに全力投球する。その姿勢を身につけられることこそが、Y先生の総合学習の効果であり、それこそが、「時を惜しみ、青春を刻む」そのことなのだと思っています。

そんな、ゆとり教育本来の理念であって物が、ゆとりからの転換の局面を迎えた後も、継承される事を心から祈ります。日本全国の、時を惜しんででも取り掛かるべき目標が見つかることを、我々の“後輩”達の為に。
 
色々と書いてきましたが、要するに、高校生活は楽しかったな、という回顧録でした。ただ、今になって一つだけ心残りがあります。出来るのであれば、高校生だった当時に、もっと大学生との交流をしておきたかった、と、そう思うんです。学問に「挑んで」いる最中であるという意味で、自分達より「少し先」を歩いている人と、議論し、意見を聞く機会があればどんなに刺激的だったことでしょうか。おごりではなく、授業で知り合った友達や、普段議論しているこのサークルの仲間達を観ても、素直にそう思います。
そこで、今年の12月12日に、「外に開かれた」弁論大会を行ないます。これは、弁論界の閉鎖性の打破、という目的に沿って、複数の大学の弁論部が運営に関わり、今年は明治大学駿河台キャンパスで行うものです。ここでは、普段の弁論大会よりも積極的に、弁論界の外の方々に会場に足を運んで頂けるような大会とすることが出来るようにと計画中です。もしも今、これを読んで下さっている中学生・高校生の方がいらっしゃれば、是非、12日の日曜日に明治大学駿河台キャンパスまでお越し下さい!勿論、大学生・社会人の方も大歓迎です。我々と議論しながら、「時を惜しみ、人生を刻む」、そんな事を可能にする、人生の目標を探してみませんか?

長文にも拘らず最後までお読み下さり、ありがとうございました。