WEB企画『優しい国』             社会科学部一年 大嶽潤平

1.高齢化社会と日本の医療をはじめとする社会保障制度の問題点
                         
〜進む高齢化〜
 日本は超高齢化社会を迎えた。高齢化社会を高齢化率7%〜14% 、高齢社会を同14%〜21%、超高齢化社会を同21%〜と定義すると日本は1970年に高齢化社会に、1994年に高齢社会になり、2007年には超高齢化社会となった。高齢化率とは65歳以上の高齢者人口が総人口に占める割合である。日本国の高齢化率は2020年に29%となったあとも更に増加し続け、2050年には40%に達すると推計されている。日本の少子高齢化の原因は、女性の社会進出、教育費の負担(国民生活白書によれば子供一人に対し2,100万円はかかるという。)によって出生数が減り、一方で医療技術の進歩によって平均寿命が延びて高齢者が増えているためである。また、第1次ベビーブーム(1947年〜1949年)の人達が、もうすぐ高齢者の仲間入りをするため高齢化は進展する。2005年に総人口の減少が始まるが2005年と比べると、2020年には、総人口は1割ほどしか減らないのに対し、70歳以上の高齢者はほぼ倍に増え、社会的負担は急増する。医療費も現在の33兆円から2025年には56兆円にまでふくらむ。というのは高齢者になれば医療機会が増加するためである。さらに高齢化は労働力人口の減少を招く。労働力人口とは労働の意志と能力をもつ人々の人口である。つまり就業者と完全失業者の和でもとめられる数である。完全失業者とは①仕事がなくて調査週間中に少しも仕事をしなかった。(就業者ではない) ②仕事があればすぐ就くことができる。 ③調査期間中に、仕事を探す活動や事業を始める準備をしていた。(過去の求職活動の結果を待っている場合を含む)以上の3つの条件を満たす者のことを指す。2005年には3.3人で1人の老人を支えていたのだが2055年には1.3人に1人の老人を支える必要がでてくるのだ。労働力人口の低下は生産性の低下を招く。


〜高齢化にともない顕著になる社会保障の問題点〜
高齢者の社会保障費の為に歳出が増え、国・自治体の財政を圧迫し、高齢者の増加に伴う医療機会、医療費の増加、医療従事者の絶対的不足、財政のひっ迫に起因する医療施設の削減・年金の持続性の問題・高齢化の中でより貴重になってくる子供達の命を守る小児科、産婦人科の不足などが起こる。更に命を守る自治体病院が財政不足によって閉鎖されている。社会保障が不備であれば人々の不安をあおり、老後の為の貯蓄を志向する人々が増加し、ただでさえ消費の進まない超高齢化社会の負の側面がより助長され、消費の減退が起こり企業収益悪化とつながりそこから法人税の減収が生まれさらなる国家財政の逼迫を招くことになる。「子々孫々セーフティネットが確保され自分の望む生き方ができる社会」これが私の望む社会である。
地域から病院が消滅すること。事故が起きた際に病院に受け入れてもらえない「たらい回し」が起きていること。年金の持続性が危ぶまれていること。産婦人科、小児科が不足していること。待機老人が大量に発生していること。無保険者がいること、これら社会保障についての問題は私の掲げる理想社会から背反している。そしてこれらの問題は放っておけば自然と治る問題ではない。適切な処置を取らなければならない、ここに私の問題意識がある。




2.医療現場の問題点と政府の政策


〜医療現場の問題点〜

<絶対的医師数の不足>
現在、医療現場では医師不足による医師の長時間労働が問題となっている。国際的に比較してみても、医師の数はOECD29カ国中26位と低水準であり、医師の労働時間を計算すると、例えば、大阪府医師会が49の病院でアンケート調査をしたところ、病院勤務医の1週間当たりの平均超過勤務時間は16.8時間で、20時間以上の超過勤務をしている勤務医は29.3%に上ることが明らかになった。週20時間以上の超過勤務は、厚生労働省の過労死認定基準を超えるもので、約3割の勤務医は「過労死」環境の中で働いていることになる。

<診療科別の医師不足>
診療科別に見ると、小児科・産婦人科が特に不足している。2004年以降、全国で産婦人科が71件、小児科が67件も閉鎖している。小児科に関して最近問題になったのは、2006年、福島県立大野病院の産科医が帝王切開の手術ミスで逮捕されるという事件である。これは、もとから医師がリスクに気付き得なかったにも関わらず、医師が逮捕されてしまったのである。このような事件は若い医師が産科医を敬遠してしまう一因になってしまうだろう。

<地域別の医師不足>
地域別でみれば、地方へ行くほど医師は不足している。平成16年までは1000あった自治体病院は、統合や閉鎖などで、4年で43の病院が減った。そもそも自治体病院というものは,他の医療機関がやらない,できない,しかし,その地域でどうしても必要ということで,地域住民の要望により自治体の首長が議会の決議を経てつくった病院であり、自治体病院の閉鎖、医師不足は直接地域医療の崩壊につながってしまうのだ。

<看護士の不足>
医師だけでなく看護師も不足している。看護師が不足すれば、病床を削減しなければならず、患者数の減少へとつながり結果病院の経営が悪化するという事態がおこってしまう。約2万人の看護師が過労死基準で働いていると言われている。また患者7人に対して看護師1人という「7対1基準」の導入により、国立大学病院が看護師を大量に採用し民間病院、自治体病院が看護師不足に陥るという事態にもなっている。

<療養病床の廃止>
老人医療に目を向ければ、長期療養を必要とする患者を入院させる為の医療施設である「療養病床」というものが排除され、大量の医療、介護難民が生まれようしている。



〜これらの問題の原因〜

<医師不足の原因>
まず数の面での医師不足をみることにする。1975年前後に各県一医大の構想及び私立新設医学部の急増により医学部入学定員が大幅に増やされ逆に現実的に医師過剰が危惧されたため、1984年以降、医学部の定員が最大時に比べて7%減らされることになった。これにより日本の医師の増加は抑制され結果として、医師数がOECDの中でも26位という低水準に陥ってしまったのだ。

<産科、小児科の医師不足の原因>
次は診療科別の不足の背景についてみることにする。特定の診療科の医師不足というのは具体的には産科・小児科である。これらの診療科で不足している理由は次のことがらが考えられる。第一に激務である。時間外診療が診療の半分以上を占める小児科やいつ妊婦が運び込まれるかわからない産科の医師達は常に臨戦態勢なのである。第二に、激務の割に診療報酬が高いわけではないということがある。第三に、大野病院の事件に代表されるように、手術を実行した医師が逮捕されるということが、若い医者が産科医を志すにあたって少なからず影響を与えただろう。小児科に関しては、子供のことを扱うので、親御さんが神経質になってしまう。第四に産科、小児科が赤字部門ということで、経営に苦しくなった病院が産科、小児科を休診させてしまう、ということがある。

<地方の病院の閉鎖の原因>
地方の病院が閉鎖している背景は次のことがあげられる。2004年から始まった新医師臨床研修制度の影響で、研修医は医局に左右されず自由に行き先を選べるようになったために、症例が多く医師として成長できる可能性が高く、また自分の家族の居住環境や教育環境がよいとの理由から、都市部の病院に研修医が集中してしまうという現象がおこっている。また患者7人に対して看護士1人を置く「7対1基準」を満たしている病院には診療報酬を高く設定するとの政策により、国立の大学病院が医師集めに走り、結果として地方の自治体病院が看護士を確保できなくなり、看護士を確保できないことで、使用する病床を縮小せざるをえなくなり、結果経営が更に苦しくなるとう事態になっている。
女性医師の離職問題については女性バンクへの登録者が非常に少ないことがあげられる。


〜医療現場に対する現在の政府の政策〜

<医師不足への政府の対応>
まず、絶対的な医師不足について。厚生労働白書によると、医学部の定員については、平成9年6月3日の閣議決定「財政構造改革の推進について」における、「医療提供体制について、大学医学部の整理・合理化も視野に入れつつ、引き続き、医学部定員の削減に取り組む。」とされていたが、既に、「新医師確保総合対策」(平成18年)と「緊急医師確保対策」(平成19年)によって医師養成の前倒しという方針の下で最大395名の増員が可能となっている。とあるようにこれから数の面に関しては改善が図られていく見込みである。

<地域別医師不足への政府の対応>
また地域別での医者不足の問題も、短期的な観点では緊急臨時的に医師を派遣するというシステムを構築し、これまで2回にわたり、全国の5道県7病院への医師派遣を実施し、分娩や救急患者の受入れが継続、あるいは再開するなどの成果が挙げているものの、抜本的な医師不足解消には至っていない。また都市部の病院への研修医集中の是正のため、2008年度から医師不足地域等で地域医療等の研修を行う場合の支援等を行うこととしている。

<診療科別医師不足への政府の対応>
診療科別に見れば、特に不足している産科・小児科について、平成20年度診療報酬改定においても、病院勤務医対策に1,500億円を充て、産科・小児科の重点的な評価によって診療報酬の改善を行っている。特に勤務環境の厳しい産科医師の業務負担の軽減を図る観点からも、産科医師と助産師との適切な役割分担・連携の下で、助産師が正常産を扱うことができる体制の整備に取り組んでおり、2008年度からは産科を有する病院・診療所における院内助産所助産師外来の設置を支援する事業を創設することとするなど政府の対策は進んでいる。また県立大野病院での事故をうけて産科医療補償制度が導入された。この制度は、分娩に係る医療事故により脳性麻痺となった児及びその家族の経済的負担を速やかに補償するとともに、事故原因の分析を行い、将来の同種事故の防止に資する情報を提供することなどにより、紛争の防止・早期解決及び産科医療の質の向上を図ることを目的としている。

<女性医師離職問題への政府の対応>
また、近年増加傾向にある女性医師の、出産や育児に伴う医師等の離職を防止し、復職を促すため、病院内保育所の整備など女性の働きやすい職場環境の整備に努めるとともに、女性医師の復職のための研修等を実施する病院等への支援や女性医師の再就業を支援する女性医師バンクの体制の充実に努めている。2004年時点において、女性医師は2割に満たないが、29歳以下に関しては、女性医師率は3割を超えている。ここ数年の医学部への女子入学数を考えると今後、女性医師率は増加していくだろう。



〜老人医療の抱える問題・療養病床の廃止、削減〜

医療費抑制の為に、2006年に医療療養病床23万床が2012年までに15万床まで削減される計画だったが約22万床までの削減する計画にとどまった。しかし、介護療養病床は12万床は2011年末までに新設の介護療養型老健施設や従来型老健などに転換もしくは廃止とされている。ちなみに療養病床とは病院・診療所のベッドのうち長期療養を必要とする患者を入院させる医療施設のことで、このうち介護保険適用のものを介護療養病床、医療保険適用のものを医療療養病床という。診療報酬を決めるための基準として医療区分1,2,3と3段階に分けられた。このうち医療区分1を多く抱えるのが介護療養病床なのだが、その削減が突然宣告された。医療区分が1であっても、要介護度が高い場合が多く、介護度が高ければ医療・介護の必要性が高い。そして認知症を併せ持っていることが多いのだ。介護療養病床の廃止によって受け皿からもれた老人を老人保健施設で受け入れるようとしてもリハビリステーションの数が少ない、医者が昼間しかいない、看護師も少ないなどの理由で十分な受け入れができない。その分を、療養病床を転換して開設し介護療養型老人保健施設というものを作るも、これまでの老人保健施設とあまり変わらず受け入れができないと言われている。また政府は医療区分1の患者に対して特別養護老人ホームの介護報酬よりも安い診療報酬を設定したため、医療区分1を受け入れると経営が成り立たなくなる報酬設定をしたため老人達が医療・福祉の受け皿からもれる事態が起こってしまう。そして5万人の高齢者医療難民が生まれようとしているのだ。



3.医療に関する具体的提言

〜ポイントの総括〜

現在の医療現場の問題点を挙げると次のようになる。
1.医師数の絶対的不足
2.産科・小児科に代表される診療科別の医師不足
3.自治体病院の閉鎖や医師不足にともなう地域別の医療格差
4.増加の傾向を見せる女性医師の出産、育児による離職


これらの問題点に関しての原因
1.政府による医師の抑制政策
2.産科、小児科の労働の過酷さとその対価としての診療報酬
3.訴訟問題
4.新医師臨床研修制度
5.看護士の7対1基準
6.女性医師バンクの導入も未普及


これらの問題に対して、政府は次のような政策をうっている。
1.医学部定員の増員
2.診療報酬改定にともなう小児科・産科の重点的評価
3.院内助産所助産師外来の設置の支援
4.産科医療補償制度の導入
5.医師不足の地域に対しての緊急医師派遣制度の導入
6.女性医師バンクの導入



〜政策提言〜

<医師不足への政策提言>
まず、医師の絶対的な数。これは政府によって医学部定員の増加が図られている。395名の定員が増加される見込みである。医師の教育機関の収容能力、医師の能力の問題を鑑みても、急激な定員増加よりも現在の指針とおり、何年かかけて漸進的に増加させることが望ましいだろう。

<特定診療科の医師不足への具体的政策>
産科、小児科の医師不足については診療報酬の改定や産科医療保障制度の導入により、産科、小児科へのインセンティブは増しているものの、未だに不足が叫ばれている。小児科は現在の診療の内、本当に検査が必要な患者は約2割と言われている。子供のことなので、親御さんはもちろんそこで必死になり、すぐに小児科へと行きがちなのである。ここで親の病気への理解が重要になってくる。そこで地域の住民と病院の間で、コミニケーションを頻繁にとり、親御さんの子供への病気の理解を深めることができれば、8割にも及ぶ必要のない受診は減少し、小児科の労働状況は改善し小児科を敬遠する若い医師は少なくなるだろう。例えば県立柏原病院の小児科を守る会では、地域のお母さん達が、コンビニ受診が医師を疲弊させる要因となっているから、病気についての正しい知識をもちコンビニ受診をひかえることで、自分たちの手で地域の小児科を守ろうという運動を行っている。このように、保護者が主体で病院と地域の間のコミニケーションの媒体となる場合もあるが、市民と医師のコミニケーションの場は行政がもっと提供し、全国的に(特に地方において)押し広げるべきだろう。勉強会のような形で定期的に市民と病院関係者が触れ合うことを提案したい。

<地域別での医師不足への具体的政策>
次に、自治体病院の閉鎖などにより地方での医療サービスの低下に目を移したい。これらの問題の原因となっているのが新医師臨床研修制度と看護士の「7対1基準である。」新医師臨床研修制度によって、都会の病院に医師が集まってしまうという傾向がより加速した。これらの流れを止めるべく政策を提言したいと思う。
まず、地域完結型医療の導入である。地域完結型医療とは行政、住民を巻き込んで、地域を大きい一つの病院にみたて、その大きな病院全体で患者を治療する、というものである。具体的には、病院と診療所、薬局などの関係を深め電子カルテなどのITネットワークを通じて患者情報の共有化を行うことで、重症患者は病院がうけもち、比較的症状の安定している患者は地域の診療所が診察するなど、役割分担を明確化するのだ。しかし、地域完結型医療は、病院間の仲介を果たす役割の存在が欠如しているため普及するには至っていない。そのため、地域の中核病院に病院間の連携を担う部署を設置するのことを提案する。また、病院と診療所の関係強化のための定期症例検討会をひらいたり、会合の場を設けたりすることが必要である。これら連携の強化によって、病院機能の一部技術を診療所に移転することが可能になり医師の負担が軽減される。しかもそれだけではなく、病院、診療所、薬局との強力なネットワークを駆使し、それらを診療所のプライマリーケア研修であるとか夜間診療所での救急研修など独自のプログラムを採用することによって、都市部の病院にあつまりがちであった、研修生の確保が地方で可能になり医師不足に対処できる。
そして二つ目の政策は、看護士不足を解消するために、免許を持ちながら実際に働いていない55万人にも及ぶ潜在看護士の就業率をあげるというものだ。それには「短時間正職員制度」の導入を提唱したいと思う。これにより山形県の三友堂病院は離職率16.7%から4.1%へと減少させることに成功したのだ。またこの制度は女性医師対しても有効であり、働きながら育児、がしやすくなり、女性医師の離職、休職に対して効果を発揮する。



〜結〜

今回のコンテンツでは特に医療現場の状況について述べたが、現在の日本の医療は、保険証があって医療費が7割カットされて、はじめて現実的な値段で医療サービスを受けることが可能なのである。実際に無保険者となり医療サービスを受けることが困難になってしまっている人々は100万人以上いると言われている。このような人々はいくら医療現場が整っていても医療サービスをうけることができない。今後はこのような人々も研究の対象としていきたい。