WEB企画『自治体、闘う』    政治経済学部一年 堀口 貴司


1.あなたの住む街には、将来への展望が、希望が残っているだろうか。

近年、日本では多くの地方が、激化する国際競争や公共事業の削減の影響に見舞われたといわれる。地方の比較的に競争力の弱かった企業や下請け企業は国際的な企業間競争の影響を深刻にうけ、また1998年をピークに減少しつづけた公共事業はピーク時の半分の水準となり、依存度の高かった地方の経済を一層苦しめさせることとなった。地方経済の衰退は雇用の場を減少させ、若い世代の流出を促すこととなる。

そして世界にも例を見ないスピードで少子高齢化は進行し、2008年度には高齢者人口は総人口の22%にのぼっており、2013年には4人に1人が、2035年には3人に1人がお年寄りとなる。合計特殊出生率は低迷しており、少子高齢化の影響は地方においてより顕著にあらわれてしまう。地域経済の衰退、人口の流出、少子高齢化の進行は地方の自治体財政にも大きな影響をあたえ、公共サービスの削減やインフラの喪失をひきおこし、更なる人口の流出、状態の悪化をまねきかねないのである。


自治体の提供する公共サービスやインフラは生活基盤の維持に不可欠であり、自律性が高く、充実した財政は特色ある地域の実現のために重要なものである。
しかし、現状の自治体財政は過去の呪縛や近年の嵐にさいなまれているのが現状ではないだろうか。

過去の呪縛とは1980年代に行われた地方振興のための単独事業の結果であり、「リゾート法」により全国で大量にでき多くが赤字を抱える第三セクターの存在、自治体病院の経営問題などのことだ。(第三セクター自治体病院については次項で自治体財政健全化法とからめて述べる)1980年代の後半に政府は地域振興のためとして全国の自治体に「単独事業」を積極的におこなうように働きかけた。単独事業とは自治体が国(中央省庁)の補助金をあてにすることなく、単独でおこなう事業のことだ。全国的な見地から行われる補助事業とは異なり、単独事業は地域住民のニーズに合致した事業や先進的な事業を行いやすいという性質があった。

しかし、地方自治体を大きな単独事業に駆り立てたのは「起債の緩和と交付税措置」の存在だった。政府は単独事業をすすめる自治体にひとまず地方債でその資金を調達させておき、後にそのうちの一定割合分を地方交付税に上乗せして肩代わりする方法をとり、事業の実施を後押しした。実質上は地方交付税の先食いともとれる状態であったが、自治体にとっては将来の公債費負担をあまり気にすることなくさまざまな施設やインフラの整備を行うことができ、増額された交付税により長く、ゆっくりと自治体の負担を軽減することができると考えられた。しかし、後に地方交付税は削減の方針となり、かつて自治体が背負った分の地方債は自治体の借金とならざるを得なくなってしまった。次項では地方の財政にかかわる近年の動きについて詳述する。



2.近年の自治体財政にはどのようなことがあり、またどのような新制度ができてきたのだろうか。

地方の財政に、近年において決定的な影響を与えたのは三位一体の改革である。
1993年の衆参両院の地方分権推進の決議や1995年の地方分権推進法に見られるように、地方分権は国の目指す方向の一つとなり、1999年の地方分権一括法では国と地方公共団体の間の位置づけが「上下・主従」から「対等・協力」へと転換し地方分権は新たな段階へと入った。

そして2002年の骨太の方針で打ち出されたのが、地方分権をはかると同時に国と地方の財政再建を進めようとする三位一体の改革だった。

国と地方の歳出の割合は4対6で行政事務は地方に多く配分され、歳入の比率は逆に6対4となっており、その差は国からの交付金補助金で埋められていた。しかし、補助金には使途の制限があり、地方自治体の裁量が及ばない。そこで不要な国庫補助負担金の廃止・削減(地方財政の自由度向上)、地方交付税の見直し、国から地方への税源移譲(地方税強化)を行うというのが三位一体改革であった。その中身は、国庫補助負担金は4兆7000億円が削減、地方交付税は5兆1000億円が削減(臨時財政対策債含む)、国税所得税から個人住民税へと3兆円の税源移譲が行われる結果となった。

改革の結果は国の財政再建には資するものとなり、税源移譲により地方分権にも画期的なものであったが、その額をみてもわかるように地方財政には深刻なダメージを与えることとなり、現在言われる自治体財政の悪化に大きな影響を及ぼした。

そののちに、格差是正論の盛り上がりをうけ、2007年には地方間の税収格差是正に向けた論議が起こり、財務省財政制度等審議会は地方間の税収格差の大きかった法人2税(法人事業税、法人住民税)を地方の共同財源として地方で再配分すべきとした。東京・愛知・神奈川・大阪の都道府県知事は強く反発したが、抜本的な税制改革による偏在性の小さい税体系を構築するまでの暫定的な措置として地方法人特別税が法人事業税の一部を分離して導入された。しかし、これはあくまでも地方自治体の内部で税源を奪い合っているようにも見える。また大都市を抱える県が必ずしも財政に余裕があるわけではなく、かつて改革派知事・浅野史郎がいた宮城県では、地方税収の落ち込み等により2009年三月に財政危機が宣言され、中期見通しで11年度の財政再生団体入り(実質上の破たんに近い)も懸念された状態であった。


財政再生団体というのは「地方公共団体の財政の健全化に関する法律自治体財政健全化法)」により、財政の再生段階に達していると判断された団体のことである。
財政健全化法は「地方財政再建促進特別措置法財政再建法)」の欠点を補うため、平成19年につくられたものである。財政再建法は

1.各団体において日常的に早期是正・再生を念頭においた財政情報の開示がなく、財政指標及びその算定基礎の客観性・正確性を担保する手段も十分でないこと、

2.再建団体の基準だけがあり、早期是正を促していく機能がないこと、

3.実質収支(赤字)比率(フロー指標)のみを再建団体の基準として使っていること、

4.再建を促進するための仕組みが限定的であること、

などといった問題点があらわれ、新たな制度設計では、透明なルールに基づく財政健全化のための早期是正の仕組み、さらには財政再生に向けた仕組みを導入するという2段階の制度となった。そうして生まれた財政健全化法では、従来の財政再建法が再建を行う地方公共団体を対象とした法制であったのに対して、通常時から全ての地方公共団体が財政指標を整備して公表するなどの法的義務を負うもので、そのうえで早期健全化段階と再生段階の2つの段階をつくり、財政改善を促していく仕組みとなった。

新旧の制度の根本的な違いは自主申請から強制適用に変わったことだという指摘があるように、財政健全化法ではより範囲を広げ新たな指標を導入したうえ、住民のチェックが働くように公表する義務が取り入れられた。

財政健全化法では4つの財政指標(健全化判断比率)を設け、その指標の一定基準以上に悪くなった場合は早期健全化団体(イエローカード)、さらに悪くなった場合には財政再生の段階へとすすむ(レッドカード)こととなっている。

その4つの指標とは、
1. 実質赤字比率…一般会計内(第三セクターや病院の会計を除く)の赤字比率。自治体の標準財政規模(地方公共団体が通常水準の行政活動を行う上で必要な一般財源の総量)によって、11.25%から15%以上で財政健全化団体入りとなり、20%以上で財政再生団体入りとなる。

2. 連結実質赤字比率…自治体の会計に、公営企業の会計を連結したときの赤字比率。超過すると財政再生団体入りとなる基準は次の通りであり、自治体に求められる基準は年を経るごとに厳しくなっていく。2008年度と2009年度…40%以上、2010年度…35%以上、2011年度…30%以上。

3. 実質公債費比率…自治体が抱える借金(金融機関などからの借入金)の比率。これまでの法律(財政再建法)ではこの指標と①の実質赤字比率によって自治体会計の健全度が判断された。25%以上で財政健全化団体入りとなり、35%以上で財政再生団体入りとなる。

4. 将来負担比率…公営企業の借金残高も加えたうえで、総借金残高が会計全体に占める割合。この指標では第三セクター自治体病院など公営企業が抱える金融機関からの借金の残高が問題となる。350%以上で財政健全化団体入りとなる。財政健全化団体になるにしろ、財政再生団体になるにしろ、どちらにしても国の指導下に入ることになるのは避けられないのだ。一旦入ってしまえば、夕張市の例を見ればわかるように、厳しい歳出削減と住民の負担増が予期される。

新しく法律の基準となった2と4には第三セクター自治体病院の問題もからんでくる。
かつてリゾート法が制定された後、多くの第三セクターがつくられた。第三セクターとは公共セクター(第一セクター)と民間営利セクター(第二セクター)それぞれのよいところ(自治体の信頼性、民間の柔軟性・増収意欲)を生かしていく考えでつくられたもので、地域振興や雇用の確保に一定の効果をあたえた。しかし、(自治体の無責任・先送り、民間の不安定性といったマイナス要因が重なって)杜撰な経営が行われたところも多く、いまや第三セクターの6割が赤字ともされる。自治体財政への影響を考えて、補助金や一般会計からの補てんを改め、民間への売却・清算を考慮に入れたとしても、赤字の会社の民間への売却は難しく、清算に関しては自治体が損失補償契約を結んでいる第三セクターでは、自治体が一括での借金返済を求められてしまう。また上述したように雇用の場を次々と失った地方においては貴重な雇用の場、地域振興の手段となっている実状では思い切った手に出づらいのもまた事実である。

地域医療を支える自治体病院の問題については、医療崩壊を叫ぶ多くの報道の中で警鐘が鳴らされてきた。記憶に新しいのは、市長のリコール問題にまで発展した銚子市立総合病院の休止問題だろう。主な要因として、医師不足の風潮や、新人医師が自由に研修先を選べる新臨床研修制度により大学の医局から医師がいなくなり、銚子市立総合病院に医師を派遣していた日大病院が医師を引き揚げた影響が取りざたされた。もちろんこれらが主因だろう。しかし、ボディーブローのように、市の経営姿勢・逼迫する自治体財政などが効いていた。もともと自治体病院は地域医療を支える性格上、採算のとれない・非効率な科なども維持せざるを得ない。また90年代に国が自治体病院に改築・新築を進めたことも赤字を生んだといわれる。いまや全国に1000近くある自治体病院の7割以上が赤字とされている(08年度)。

銚子市立総合病院においては不採算部門の赤字を補うため毎年、市による一定の補助・負担が行われてきた。平成18、19年度には一般会計から9億円、18年度には運営資金を補うために他会計から7億円が補助・負担され、19年度には6億円の追加支援も行われた。
しかし、市の財政調整基金がわずかになるなか、「市の財政も厳しくなるなか、追加支援は困難」(銚子市行革推進室)という財政再建の声の存在もあったのだ。

以上、近年の自治体の財政にかかわる動向を述べた。

次項で問題に対する戦略の方向性を述べたいと思う。



3.

現在、地方の改革において、自民のマニフェストなどには道州制の字句が踊っている。しかし道州制はもともと均衡理論にもとづき、道州の自立と競争を前提とする。地域の間での格差が大きく開いてしまっている現状では、大都市部と地方でのスタンスの違いが見え隠れしている。実際、地方分権論において、全国の知事の間でも(かつての分権改革への不信もあり)大都市部と地方では分権への意欲に温度差がある。また、大都市部は税源移譲を強くもとめる傾向があるが、交付税への依存度が高い地方は収入が減る恐れがある税源移譲よりも、交付税の増額を求める傾向があるなど、足並みはそろわない。

地方分権道州制では足並みはそろわないが、しかし財源の確保・充実、地方の創意工夫を妨げないといった点では多くの自治体で一致が見られるはずだ。民主党の政策集では、地方の使途自由な「一括交付金の導入」・「ひも付き補助金の廃止」が言及されており、また全国知事会でも、「義務付け」「枠づけ」の縮小とともに、将来の地方共有税の導入や地方消費税の拡充などを提言している。麻生内閣のもとでの補正予算では地方対策の予算も計上されたが、臨時措置のものも多く、地方団体は交付税措置化を求めている。

いま補助金改革を中心とし、税源組み換えなどもつかい地方交付税を立て直す再びの改革が必要ではないだろうか。


また自治体自身の手で行うことができることには何があるだろうか。

一つには、事業仕分けをより多くの自治体が早期に行うことだろう。

事業仕分けとは、国や自治体が行っている事業(行政サービス、政策立案など全てを含む)を予算項目ごとにそもそも必要かどうか、必要ならばどこがやるか(官か民か、国か地方か)を担当職員と外部の評定者が議論して、最終的に「不要」「民間」「国」「都道府県」「市町村」などに仕分けていく。日本においてはNPO法人構想日本」が主導してきており、今年度実施予定分を合わせると40近い自治体にまで広がりをみせている。特徴としては、事業の必要性や実施主体について「そもそも」から検討すること、構想日本のチーム・他自治体職員など外部の目が入ること、公開の場で行われること、などがある。結果として予算の1割削減達成や職員の意識向上などの効果がある。また、事業仕分けの例として滋賀県高島市を見てみると、6町村が合併してできあがった高島市ではそれぞれが事業を持ち寄り、構想日本事業仕分けを契機として借金返済への道筋がつくようになり、議論を尽くした過程で旧町村間での行政言語の共有や職員教育にもつながった。また、市民だけの事業仕分けも計画され、このことは市民自らの意識が高まった、地方自治に望ましい状態ではないだろうか。

二つめには、自治体の産業振興、地域活性化(地域おこし)、専門性が求められる行政分野などに不可欠な人材の確保に関して、専門性の高い人材を自治体が任期つき公務員として採用していくことである。

かつて画一的な企業招致が行われ、地方自治体にとって最も困難な作業である産業(経済)振興にはビジネス経験のない首長や公務員では限界が存在する。一方、中小企業庁の[JAPANブランド事業]にみられるように、卓越した外部人材の導入により、一旦は落ち込んできていた地場産業などが、これまで考えつきもしなかったデザインや異素材の組み合わせによる商品をつくることで、職人の持つ技術や発想に新風を吹きこんだり、外部人材のもつ国際的なネットワークや販路を利用して新たな発展を遂げたりしたケースがある。

また韓国の地方専門契約職公務員の事例では、全国の自治体ですでに3000人以上の専門契約職が活動しており高い専門性を生かして地域再生の担い手の役割を果たそうとしている。(日本でこのような仕組みを導入する場合、かつて民間・NPOなどで活躍しセカンドライフを迎えようとしている人、ポスドクの活用などが考えられるだろう)法律上では任期付き公務員の制度は認められ、兵庫県加西市や東京23区の一部では実際に任期付き公務員の登用が行われている。

今後、地場産業や地域の魅力を生かす産業発展を志向すべきなかで、そのための人材をあえて外部から登用することは重要なことではないだろうか。

最後に、この夏に自分が参加したシンポジウムでのある光景を述べ、本コンテンツを終えたいと思う。

八月のある週の金曜日に自分は東京で地域再生についてのシンポジウムに参加していた。そのシンポジウムは学生が参加するものというよりも、首長や自治体職員の方や財団関係者の方が参加者のほとんどであった。金曜日の夜に行われたそのシンポジウムには全国各地の自治体出身者がおり、定員の100席は満杯であった。

熱心にメモをとる中年の男性や質問をおこなう若手の職員の姿。いずれも自分の勤める(もしくは戻る)自治体に資するなにかを得るために一生懸命であったのだろう。

それは自治体の将来の展望を、希望を保とうとする人たちの姿だった。