「青い山」

政治経済学部一年 仲條賢太

「冬は低く垂れこめて晴れる間もない雪空と、日本海の鉛色の海、白い波がしら、桃も李も桜も、一時に目の覚めたように咲き出す春、夏の紺碧の空にくっきりと残雪が光る鳥海山、この北方的な自然に抱かれて、僕は成長した。」
これは酒田出身の写真家、土門拳の故郷描写である。

私の地元、山形県酒田市には「青山堂」という本屋がある。我々酒田の人間にとっては、思わず青き鳥海山の姿を連想しそうな名前であるが、この本屋は昔からある老舗の本屋で、おそらく市内に住むものであるならば一度は利用したことがあるはずの、まちの人にとってはおなじみの本屋である。かつて酒田には酒田大火という暗い過去があるが、その酒田大火を題材にした、作家ねじめ正一による小説『風の棲むまち』にも青山堂をモデルにした本屋が登場している。市内に二店舗ある青山堂はそれほど大きな本屋ではないのだが、地元酒田市やお隣の鶴岡市山形県に関連した歴史書、文学作品、写真集などを集めたコーナーを設けており、土門拳藤沢周平など、庄内地方出身の作家の写真つきの紹介が、手書きで書かれてある。なかには個人的な付き合いがあるのか、酒田出身の経済評論家である佐高信の著作が、本人のサイン入りで並んでいたりする。また、郷土史家が執筆した酒田の歴史、風土に関する本も多く多く置かれてある。このことから、青山堂が酒田の地域密着性を大事に考えていることが分かるだろう。

しかしつい先日、青山堂の二つの店舗のうち、中心市街地にある本店が閉店になったのである。その事実を私は実家に帰省中にたまたま青山堂の本店を訪れた時に知った。そのわけを店員に聞くと、「将来性が見込めない」とのこと。つまり顧客がすくないのだ。青山堂があった本店は、酒田の中町に位置している。名前から分かるように、中町は酒田の市街地の中心に位置しており、商店街の地域である。近くには市役所や商工会議所、文化ホール、市立図書館などの公共施設がある。しかし、中町商店街はいま、ほかの多くの地方都市の例に漏れず、元気がない。年々シャッターを閉めた店舗が目立つようになってきている。人々の往来はまばらである。近年隣町に郊外型ショッピングセンターが建設され、そこに顧客を奪われたのである。モータリゼーションが進行した現在の地方都市において、大型駐車場のない商店街の個人店舗は顧客を確保することが出来なかったのである。結果、かつては賑わいを見せていたまちの「顔」、祭りなどの文化や伝統が息づく空間が崩れてしまったのである。
ところで、青山という言葉には木々が青々と茂った山という意味以外にもうひとつ意味がある。「人間(じんかん)到る所青山あり」という文句があるが、この場合の青山の意味は「墓場」である。
この二つの意味は示唆に富んでいる。地域の固有性の象徴としての青山と、死すべき存在としての青山。こ酒田、いや日本全国の地方都市の未来を暗示しているかのようだ。