現状分析――「陽のあたる方へ」

教育学部2年 岩本慧

本章では、我が国における急速な高齢化の進展の現状と、個々人の基本的な生活を保障する公的なセーフティネットの機能不全について分析を進めていく。

平成20年度版高齢社会白書によれば、我が国の総人口は、現在、1億2777万人で、前年に比べてほぼ横ばいになっている。65歳以上の高齢者人口は、過去最高の2746万人となり、総人口に占める割合(高齢化率)も21.5%となり、初めて21%を超えた。このことが意味するのは、我が国の国民5人に1人は65歳以上の高齢者ということである。先進諸国の高齢化率を比較してみると、我が国は1980年代までは下位、90年代にはほぼ中位であったが、21世紀初頭には最も高い水準となり、世界のどの国もこれまで経験したことのない高齢社会になると見込まれている。また、高齢化の速度について、高齢化率が7%を超えてからその倍の14%に達するまでの所要年数(倍化年数)によって比較すると、フランスが115年、スウェーデンが85年、ドイツが40年、イギリスが47年であるのに対し、我が国は、1970年に7%を超えると、その24年後の1994年には14%に達している。このように、我が国の高齢化は、世界に例をみない速度で進行している。アジア諸国についてみると、今後、急速に高齢化が進み、特に韓国においては、我が国を上回るスピードで高齢化が進行し、2005年に9.4%であったものが2050年には35.1%にまで達すると見込まれている。
そして高齢化の進行はわが国の将来の経済財政にとって重大な影響を齎す。2007年度後期政策集団「護り手」における合同コンテンツでも触れたが、参考のため以下に述べる。

A.年金や医療等の社会保障制度の維持が困難になること
B.貯蓄率が低下する可能性が高いこと
C.労働力が高齢化し大量の引退者が出ることで潜在的成長力が低下しかねないこと

Aについては現役世代と高齢世代のバランスが崩れる。その際に年金・医療制度が賦課方式であれば、現役世代の負担が過重になるため、人口動態により公平な社会保障制度に再設計する必要がある。Bであるが、貯蓄率が低下すると財政赤字が国内資金のみではファイナンスしにくくなるため長期金利の上昇に繋がる可能性もあるため財政再建が急務となる。最後にCついては女性や働くことが可能な高齢者の活用により、労働力率を高めることや人的資源の価値を従前以上に高めて労働生産性を高めることが必要になってくる。

 では我が国の現在の財政状況はいかなる状況下にあるか。現在、国・地方の長期債務残高がおよそ700兆円を超えており、わが国の財政状況は依然として非常に厳しい状況下におかれている。国の基礎的財政収支プライマリーバランス:「借金を除く税収などの歳入」から「過去の借入に対する元利払いを除いた歳出」であり、同収支の均衡は、現世代の受益と負担の均衡を意味する)を見た場合、バブル崩壊を契機とした財政収支の悪化が急速に進み、最悪期の2002年には対GDP比で6.7%の赤字となっていた。しかしその後は改善傾向にあるとはいえ、その黒字化目標の達成には疑問の声を挙げられている。また上述した高齢化の急速な進行は社会保障制度の急速なニーズの増大をもたらしており、財政を著しく圧迫している。このことが、昨今の公的なセーフティネットの縮小を齎しているといっても過言ではない。具体的には、国家財政そして社会保障制度の持続可能性を高める必要から歳出を抑制しなければならなかったことが挙げられる。わが国の政府予算の一般歳出に占める医療や年金、介護、生活保護などの社会保障分野の経費にあたる社会保障関係費は2007年度予算において国の一般歳出の45.74%にのぼる21兆4,769億円を占めており、今後も高齢化の急速な進行からその費用の増大は明白であり、ますます財政が圧迫されていくため、歳出における社会保障費を削減し、制度の持続可能性を高めねばならなくなっているのである。

次に、所得格差を示す代表的な経済指標であるジニ係数をみると、当初所得におけるジニ係数は年次ごとに拡大傾向を見せている。相対的にジニ係数の高い高齢者が増加したこと、世帯人員数の縮小傾向があること(世帯人員数の減少は、所得の少ない世帯の増加につながり、格差を示す指標を押し上げることになってしまう)の二つの要因によってこの拡大傾向は起こってとされる。そういった格差を是正するツールとして再分配政策があるが、我が国では税における再分配機能は著しく弱く、その機能を社会保障に専ら依存しているという点がある。そうした点を反映し、1980年代以降の我が国の再分配はそのほとんどが現役層から高齢層への大幅な年齢階層間の移転として行われており、年齢階層内の格差を縮小させる効果は限定的であるという分析がある。また、現在の社会保険料負担は、低所得層ほど所得に対してその比率が上昇するという逆進的な性格を有しているため、税と社会保障を全体として見た累進構造は限定的なものになっている。さらに、再分配の給付サイドでも、そのかなりの部分が高齢層向けであるために低所得層向けの給付が限定的なものとなるという指摘もある。

 すなわち我が国の再分配政策は低所得者層に対して極めて手薄になっており、若年層の中には、ワーキングプアに代表される不安定な生活から脱却できない個人を生み出している。また、高齢層の所得格差も進行している。高齢社会白書では、経済的に心配なく暮らしている高齢者は全体の6割であるが、経済的に心配があると回答した者の割合は、前回調査と比べて27.9%から37.8%となり約10%ポイント増加した点も指摘している(また、1年前と比べて経済的な暮らし向きが「悪くなった」【「どちらかといえば悪くなった」と「悪くなった」の計】と回答した者の割合も約4割であった)。以上のことを勘案すれば、我が国の再分配政策のあり方を見直す点は大いにある上、また見直す時期に来ているといえよう。特に、税における再分配政策のあり方を見直す必要があり、中でも所得税における効率性と公平性のバランスがとれた税制を構築すべきである。
次弾では、税制の望ましい形態、そして個人の生活を保障するセーフティネットを構築するための基盤を整備するための政策について述べていきたい。