コラム 権利と義務を巡る一考察

早稲田大学2年 竹内悠基

鳥取県で人権条例なるものが制定された。この条例をめぐって、論争が生じている。

権利とは何か。義務とは何か。
これらの問いは抽象的にのみではなく具体的に個人の生活に関わってくるものだ。
そして、常にこれらの問いを巡る衝突が起きている。

憲法上の権利規定は以下のようになっている。

第十一条【基本的人権の享有と性質】
 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。
第十二条【自由・権利の保持義務、濫用の禁止、利用の責任】
 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

義務に関しても三大義務と習ったように、教育・労働に関わる義務が規定されている。
いわずもがな近代憲法とは、国民と国家の間になされた契約の最高法規である。
義務条項も国家からの国民への命令ではない。国民が自らの社会を成り立たせるためのルールとしての義務を、国家を通じて、命令(契約)させているものと解釈される。

権利・義務概念はこのように、常に社会の存立基盤を成り立たせるために存在している。
ゆえに、絶対的な概念として存在することは許されない相対的概念である。
国民・国家・社会(他者)を巡る緊張関係にあるからこそ、不断の努力が求められる。

権利の氾濫・義務の軽視と昨今(というよりも古くから)叫ばれ続けている。
それは、こうした緊張関係を知らないからこそ生じる。
ただ徒に、権利を不磨の経典とすることでも解決し得ない。
ただ徒に、国家を召還することでも解決し得ない。

そうした依存的心性を超えて、我々の社会の存立基盤を巡る徹底的な思考が必要とされるのではないか。