「多極化の世界で」 政治経済学部二年 眞嶋明生

 最近の国際情勢に不安を感じる人々は多いのではないだろうか。確かに様々な問題が山積している。東アジアという地域で語るならば強い拡大志向を抱き、国際法を軽視する中国に対する不信感、韓国との歴史問題の肥大化やその摩擦、新指導者のもと権力闘争が行われ、新たな核実験が疑われる北朝鮮といった諸問題が挙げられる。特に軍事力を一挙に拡大、拡大姿勢をあらわにしている中国は東アジア情勢を大きく変動させる変数となっている。世界規模で語るならば米国とロシアが対立する東欧におけるミサイル防衛問題、シリアにおける紛争、そして遂に暫定政権と親ロシア住民の間で戦闘が始まったウクライナ問題が挙げられる。この激動の中、人々が不安感を抱くのは当然であろう。こうした不安感が生み出される背景には一つの潮流がある。その潮流とは多極化と呼ばれるものである。
 その潮流の説明の前にまず第二次世界大戦以降の歴史を見ていきたい。第二次世界大戦終結後、連合国であった米ソがイデオロギーと圧倒的な軍事力をもって鋭く対立する冷戦と呼ばれる時代が徐々に姿を現した。多くの国々は東西どちらかの陣営に属するか、もしくは協力により生き残りを図った。こうした世界は二つの軸によって分断されたのである。世界秩序はこの二つの軸を中心に形成、維持された。この世界情勢は二極世界と形容される。そしてソ連の敗北と崩壊により二極世界に終焉が訪れ、超大国アメリカが世界における唯一の主軸たる一極世界が生まれた。アメリカはその巨大な経済力、軍事力をもとに経済関係の充実、様々な国際機関や条約といった外交手段、そしてその物理的衝突である軍事介入や戦争を通じて世界秩序を形成、維持してきた。アメリカに追随する諸国や地域はその恩恵を預かり、一方で対立するものはアメリカとそのパートナーによって何らかのペナルティーを課せられることで秩序は維持されたのである。しかし、一極構造も永続ではない。2001年の世界同時多発テロアメリカの一極体制に陰りをもたらした。アフガニスタンイラクにおける電撃的な勝利と対照的な治安維持の失敗、更にイラク戦争における大義の喪失はアメリカの軍事的な威信を大きく揺るがした。そして2007年のサブプライムローン問題が発端となった世界的な金融危機は経済的影響力を低下させた。加えてBRICsと呼ばれる新興国や大国の興隆、そして地域ごとに国々が協力し、パワーを合算する地域主義、地域統合の機運はアメリカの影響力を相対的に低下させた。各国のパワーが増大し、アメリカのパワーが相対化されていく、この潮流が多極化である。今回のウクライナ問題はロシアの強い姿勢と対照的にアメリカの弱体化を浮き彫りにし、以前より叫ばれてきた多極化の潮流の進展が予想以上に加速された。これは各国がアメリカの影響力低下の現実を突きつけられたからである。多極化にはパワーの分散も重要であるが、各国の認識も等しく重要であると考えられる。多極化の進展を重く受け止める国々はよりアメリカの秩序から離れた行動を起こしうるからだ。今回の問題を受けて一部では指導的立場が存在しない無極化の潮流が生まれたとさえ見る見解もある。
 多極化は米ソという二つの主軸のもと世界秩序が形成、維持された二極体制、そして超大国アメリカの圧倒的パワーによりそれが行われた一極体制とも異なる。世界秩序を主導的に形成、維持する指導国が複数存在する様相は、国際社会の無政府状態の側面をより一層強調するのである。そこで各国は主体的に、現実的に行動しなければ生存や繁栄を確保することは出来ない。
 戦後日本は安全保障を大きくアメリカに依存してきた。憲法九条の存在、そして米軍基地や各国の赤化を防ぎ、西側にひきつける試みとしての国際協力という貢献により、日本は血を流すこと無くアメリカの核の傘と圧倒的な通常戦力を獲得、抑止力を維持してきたのである。そして安全保障の問題は国内世論においては国家、民族的な立場から自尊心を重視する人々、そして憲法の平和の理念や社会主義イデオロギーを重視する人々の論争により国際問題としてよりもむしろ国内問題として扱われた。アメリカの圧倒的パワーのもとで日本の安全は保たれていたからであろう。しかし多極化の潮流は日本の安全保障問題を外交的側面から扱うことを要求する。加えて前述の様に東アジアは中国を変数に日々状況が変動する。こうした状況の変化が人々に不安を生み出している。
 アメリカとの関係のみ平和を保てる世界は変わりつつある。これからの日本にはこれまでにもまして外交、防衛にける主体的な態度が求められることとなる。そして当然これらの分野に関する世論にもより現実的な側面を重視した変化が求められる、民主主義国では国内事情に大きく左右される外交に世論がおよぼす影響は大きいからである。こうした変化がなければ国際社会の変化に日本は乗り遅れ、今ある平和や経済やその他の分野における協力関係といった面で失うものは大きいだろう。