「Die Macht der Kunst」 文学部二年 大久保宅郎

我国には、能弁家や達弁家は多いが真の雄弁家は殆ど見あたらない。我々は事実の説明家や思想の叙述者を以て満足してはならない。宜しく輿論を喚起し、一世も動かすような雄弁家を作らねばない。

早稲田大学雄弁会は、小野梓のこの言葉とともに発足した。
以降、雄弁会員はその名の通り、「雄弁」をもって社会の変革を試みてきた。
もっとも、単に一世を動かすための手段は何も「雄弁」だけではないだろう。「芸術」もそのひとつだ。
多くの芸術家、アーティストたちが世界を変えるために作品を創ってきた。そして、その試みは多くの場合失敗に終わってきた。
「芸術」が一世を動かした事例は意外と少ないのである。その最たる成功例はナチスの行ったプロパガンダだろう。
レニ・リーフェンシュタールという映画監督をご存知だろうか。ベルリンオリンピックの記録映画『オリンピア』の監督といえばわかりやすいかもしれない。
彼女は1939年にナチスの党大会を記録した『意志の勝利』を発表したことでも有名である。
彼女は様々な文脈でナチスの協力者として批難されている。
今回は『意志の勝利』について少し取り上げたい。

“Triumph des Willens”

この作品は著作権が既に消滅しているため、Youtube等で上記の独題を検索するだけで誰でも視聴することが可能である。
ぜひ一度ご覧いただきたい。
この作品の優れた点は、その芸術性にある。16台という当時としては常識破りの数のカメラを使用し、空撮、レールカメラ等の技術を駆使し、様々な映像表現がなされている。如何に芸術的に優れているかという点は、言葉で語ったところで、語りきれないだろう。だからこそ、実際にご覧いただき、確かめていただきたい。
如何だったであろうか。作品の持つ芸術性に、美しさに、現在の私たちでさえ圧倒される部分もあるのではないだろうか。
イギリスのインディペンデント紙は2003年9月10日の紙面でこの作品に関して次のように評価している。

“Triumph of the Will seduced many wise men and women, persuaded them to admire rather than to despise, and undoubtedly won the Nazis friends and allies all over the world”

当時この作品は、ナチスの党員だけでなくドイツ内外の多様な人々に鑑賞され、評価された。例えば、ヴェネツィア国際映画祭では金賞を獲得し、パリ万博においてグランプリを獲得していることからも、この作品が国際的に高い評価を受けていたことがわかる。
そして、同時に、多くの良識ある者たちが『意志の勝利』に強い影響を受けたことも明らかであろう。
このようにして、ナチスの思想は芸術の力を借りて、世界的に拡散したのであった。

ところで、リーフェンシュタール本人による次のような発言がある。

「私はナチ党員ではありませんでしたし、ユダヤ人迫害に賛成したこともありません。唯一私が興味があったのは、『美』だけでした」

彼女は作品において目指していた方向性は唯一「美」であったと主張する。
しかし、彼女は本当に「美」の性質を理解していたのであろうか。
美しさには人々を動かせるだけの力がある。芸術は世界を変え得る。
しかし、その力は時には暴力にもなりうる性質のものなのだ。
ナチスは芸術を用いて、その暴力性を巧みに隠ぺいすることに成功した。
この事実は、芸術に携わるすべての人が意識しなければならない。芸術を創る者はもちろん、芸術の受け手すらも深く受け止める必要があるだろう。

“Die Macht der Kunst”

「芸術の力」に私たちは自覚的にならねばならない。