『求道者たれ』 社会科学部2年 日下瑞貴

時が経つのは早く、私が雄弁会の門を叩いて早3年の歳月が流れようとしている。寒さ残る早稲田の杜では、芽吹く桜待ち遠しく、新たな想いを胸に新入生達が歩いている。
半期間という短い期間ではあったが、この伝統あるサークルの幹事長を務めた拙い所感と、新入生へ向けた手向けのメッセージを残したい。
我が早稲田大学雄弁会は会旨として次の御言葉を戴いている。


 我が早稲田大学雄弁会
 経国済民の志を有する
 情熱と実践力とに溢るる
 学生の集まりであって
 大隈老侯建学の精神たる
 学の自由と独立とを死守し
 雄弁技術の演練と
 理論の究明と
 社会的実践とを通じて
 発展して止まざる
 日本国家並びに社会の進運に
 寄与せんとするものである


会旨にあるように我が早稲田大学雄弁会は経国済民の志を有する学生が集い、社会変革を会の雄図として掲げている。このように高貴な理想を掲げる雄弁会だからこそ、心に留めておいてほしい事がある。
安岡正篤先生の『経世瑣言』には次のような御言葉がある。


身の病を治すすら容易でない。天下の病を救うことがそう容易に出来るものではないのだ。天下を救う程の人物は、理論闘争に耽ったり、思いつきの政策を振り回したり、威張ったり、猜んだり、疑ったりしている輩ではない。純真で、よく善に感じ、士に下り、何の拘泥もない、ごく自然な人間でなければならぬ。
 (中略)
今は満天下の志士仁人に革命家たらんよりはまず求道者たれ。人を説かんよりはまず士に下れ。そして冷眼事を看、剛腸事に当れと提唱する。
 (安岡正篤『経世瑣言』「いかなる人物が天下を救うか」)


天下国家を論じ経国済民を志すのであれば、下らん衆生論議に耽り威張り散らすのではなく、只々素直に善きものを感ずる心と自然な所作が求められる。徒に変革や既存の政局を否定し声高に革命の必要性を叫ぶのではなく、己自身の足元を見つめ、天下国家の、己の歩むべき道を求めなくてはならない。そしてそのためには傲慢不遜に奢り高ぶるのではなく、士に下り実直に真似ぶ姿勢が求められる。何れの日にか、己の信ずる道を求めたならば、勇んで天下国家に繰り出し活躍を期待されるが、野次馬の中に焦り駆けつけ時局に流されるのではなく、落ち着き腹を据えて冷静に問題を考察せねばならない。
さらに先生は国維、即ち、国家の崩壊を防いで、その組織活動を護持する大綱、の精神も説かれている。国維とは、礼、義、廉、恥の四維であると先生は説かれているが、その根本に流れるのは恥の精神である。


国維の第四は恥である。恥を知るということは最も人間らしいことで、そこに向上の機がある。恥を知らねば人は何をなすか知れたものではない。人の不廉にして礼に悖(もと)り義を犯すに至るはその原(もと)皆無恥に生ずるなり。故に士大夫の無恥之を国恥と謂うと清の名儒顧炎武も説いている。国恥、これ実に外国に向かって叫ぶより、内に向かって感ずべきことではないか。
 (前掲、「国維精神」)


礼、義、廉、恥の四維の精神を持たねば、国家、組織の維持は叶わず崩壊への道程を歩むことになるがこれに至る原因は無恥にある。恥を知らねば、私利私欲に塗れ不廉になり、不廉の輩が義に適った決断など出来ずに不義になり、不廉、不義の輩は自らの立ち位置からしか考えることが出来ず、無礼になる。自ら自身を恥ずかしむことなき無恥こそが原になり、四維を崩し、四維を持たぬ人間が政局を論ずるに至り国は乱れる。天下国家を論ずるのであればなによりも恥の意識、そこから生ずる四維の精神を持たねばなるまい。
さて、長くなったがここらでまとめてみたい。
我々は、社会変革という看板を掲げ人前で自らに意見を主張しなくてはならない。自分以外の誰かを巻き込むものであれば、それは社会問題であり、極言すれば天下国家を論ずるということに他ならない。他者に問題の重要性、自らの変革論の必要性を訴えるのであればそこに当為が求められる。自らと異なる他者に対して当為を以って迫る必要があるのだ。しかし、これは極めて危険且つ極めて傲慢な行為である。
自戒の念を込めて言いたい。我々は傲慢で痴ましい。会員諸君もそうであろうし、これから雄弁会の門を叩く新入生諸君も、社会を変えたい等というさぞかし高慢で不遜な方々なのだろう。大いに結構。また必要である。
しかし、忘れてはならない。否、特に強く自戒せねばならない。高慢不遜な思想を持つからこそ、我々は常に足元を見つめ、自分の内に問い、常に恥の意識を持たねばならない。未熟で阿呆な自分。しかし、今の社会で良いとは思えない。だからこそ日々、書籍にあたり足らぬおつむを最大限働かせながら、精進しなくてはならない。偉そうなことを論ずるならば、人の何倍も精進しなくてはならない。
雄弁会を訪れようとする物好きな新入生諸君、阿呆で未熟な気持ちを持ちなさい。そして素直に真剣に学び、善き高尚な理想を持って欲しい。時局のつまらぬ知識をひけらかすのではなく、冷静な眼差しで社会を見つめ、大きく高尚な理想を。
満天下の志士仁人よ。革命家たらんよりはまず求道者たれ。