「Dead Man Working」 vol.1「現代日本の貧困者」

教育学部一年 岡田想

ヒト、モノ、カネの世界的移動が活発化したグローバリゼーションの影響で日本に海外から低価格の商品が大量輸入されるようになり、日本企業は世界的な競争の波にさらされている。さらに、バブル崩壊後の長期的な不況の中、政府が国際競争力を増すための規制緩和を推し進めたことで日本経済に本格的な市場原理が訪れることとなった。これにより、国内においての企業間競争も激化し、国内外の競争に対抗するため多くの企業において産業の合理化(雇用削減・受注減少・etc)がおこなわれることとなった。この産業の合理化の被害を直接被ったのは労働者である。コスト削減のため正社員が減らされ低賃金の非正規雇用者登用が本格化したのだ。2006年度の時点で、国内雇用者数5115万に対して非正規雇用者は1707万人で実に33.4%を占める。この非正規雇用者のうち年収が200万円以下の人はなんと1284万人にものぼり、非正規雇用者の75%を占めている。この年収200万円以下の人々は働いても十分な賃金を得られないことから「ワーキングプア(働く貧困層)」と呼ばれているのだ。もちろん、非正規雇用者には学生のバイトや主婦のパートも含まれることから、この全ての人がワーキングプアだというわけではない。しかし、国内雇用者数に占める非正規雇用者の割合は、1985年には16.4%、1995年には20.9%であり、この20年で倍増したことを考えるとワーキングプアの問題は幻想ではないことは明白であるといえるだろう。
 世界的にも裕福な国といわれている日本でこのような状況にある人々に私は強い問題意識を感じる。特に、先ほど述べたワーキングプアと呼ばれる人々の生活は健康で文化的な生活からかけ離れているといわざるを得ない。言いすぎだとは思うが、働けど働けど年収は上がらず生活は安定しない、このような生活を送る日々には死刑台に向かうのと同じく絶望しかないのではなかろうか。なぜこのような人々が生まれてきてしまうのか、どうしたらこの問題を解消できるのだろうか。本コンテンツでは3回にわたってワーキングプアが生まれる背景を分析しその解消法を提示することを目的とする。第一回目の今回はワーキングプアを生み出す原因分析に主眼をおくことで、解決の方向性を定めたいと思う。
 ワーキングプアを生み出す背景にあるものは何なのか。それは大きく2つに分類することができる。1つは導入段階でも簡単に触れたが、熾烈を極める国内外での企業間競争。そしてもう一つはこれに関連するのだが労働のπ(パイ)そのものの小ささである。では順を追って説明していきたいと思う。
 まずは企業間競争について説明したいと思う。ここでいう企業間競争とは主にコスト面での競争のことである。さて、企業間競争といっても2つある。ひとつは海外企業との競争。もう一つは国内企業との競争である。輸送技術の発達とBRICs(ブラジル・ロシア・インド・中国)の急速な成長により、日本国内に大量の安価な外国製品が輸入されていたところ、1995年の円高・ドル安(1ドル=85円)がこれに拍車をかけた。つまり輸出が激減、輸入量が増加したのだ。例えば陶磁器は1984年には輸出1009億円だったのが2003年には112億円に激減し、変わって海外からの輸入は46億円から286億円に増加した。また仏壇・墓石などは、国内の商品の10分の1以下の価格で輸入され国内の産業が縮小してしまうなど、国内産業は海外の低コストの商品からおおきな打撃を受けている。これが海外との競争の影響である。
このように日本産業が海外との価格競争の果てに衰退し始めるのを見た政府は、日本の経済構造を変えるための「規制緩和」を行った。規制緩和とは、それまでの競争制限的であるがゆえの高コストな日本の経済構造を、自由競争により低コスト化して国際競争力を高めようといったものである。それまでの日本の経済構造は中小企業が中心であり、そうであるがゆえに新規参入には営業区域に制限がかけられるなどの規制が多くあった。なぜなら大資本(大企業)の新規参入は他の中小企業を下請け化したり駆逐したりすることにつながるからである。そして規制緩和とは制限を少なくすることで新規参入を容易にし、自由競争を活発化させ、経済効率を高める(低コスト化する)ことを目的とするものであった。ここで一つ補足させておいてほしいのだが、規制緩和は国際競争力の向上のためだけに行われたわけではなく、バブル崩壊後の不況脱出のためや、肥大化しすぎていた公共事業を民間に移行することで行政コストを削減し小さな政府を目指そうとしたものでもある。いずれにせよこの規制緩和により国内での競争も激化し、結果として多くの中小企業が打撃を被ったのだ。例えば、大店法規制緩和により地方においても大型スーパーなどが出店されるようになり多くの地方小売店が倒産に追い込まれている。
以上みてきたように、今、日本企業は国内外を問わず価格競争の波の中にある。そのため多くの企業がこの価格競争に対抗するため産業の合理化をすすめ、低コストの非正規雇用者を大量に雇いだしたのである。さらに、国内外での競争の影響を最も受けているのが地方の労働市場であり、そこでの労働者なのである。以下、詳しく説明していきたい。
海外との競争により日本国内の工場は減少してしまった。大企業が生産コストの高い国内から、安い海外に工場を移転したのである。工場従業者数でみると1990年にくらべ2000年には神奈川(−21%)東京(−15.2%)大阪(−13%)京都(−12%)、島根(−13.3%)岡山(−11.8%)愛媛(−10.5%)秋田(−12.2%)などほとんどの地方において減少しているのだ(ちなみに例外は北海道・滋賀・奈良・鹿児島のみである)。一見都市部と地方での違いはないように思われるかもしれない。しかし、都市部にはサービス産業などの代価産業があり、地方においてはそれがほとんどなく大企業の工場が地方の基幹産業を担っていたことを考えると地方における影響の大きさがわかっていただけるだろう。これは海外との競争の影響によるものであり、国内での競争に関しては先に挙げた大型スーパーと地方小売店の例がある。このように国内外での競争の結果として地方産業は衰退し、地方において雇用の場が喪失しているのである。東北や四国では非正規雇用を含めた有効求人倍率ですら1倍を大きく下回っているのだ。さて、ここからが本題である。地方の産業は衰退を防ぐためにどのような策をとっているのだろうか。それが非正規雇用者の登用なのである。地方産業が国内外の競争にさらされながらも倒産を免れるためにはコスト削減の面で最も手軽で効果のある非正規雇用者登用に頼るしかないのである。総務省の2007年度の労働力調査によると2002年に比べ、どの都道府県においても非正規雇用者登用の割合は増え、ほとんどの県において30%以上を占めているのだ。そしてこれが地方においてのワーキングプアを生み出しているのだ。さらに地方での産業の衰退が都市部でのワーキングプア問題にも関わってくる。先ほども述べたように地方においては有効求人倍率が低いという現状がある。そしてこの有効求人倍率が低い県ほど県外就職率が高くなるという相関性があるのだ。県外就職する者は職のある都市部に向かうこととなるが、都市部にでても正社員の職に就けないものがでてくる。なぜならいくら都市部のほうが職はある(有効求人倍率が高い)とはいっても、それはサービス産業などの非正規雇用も含めたものだからである。そして、都市部に出ても非正規雇用の地位しかえられなかった者(と都市出身者で非正規の地位しかえられなかった者)が生活費のかさむ都市部においてワーキングプアとなってしまうのである。
 長くなってしまったが以上がワーキングプアという存在を生みだす一つ目の原因である。では次の労働のπの小ささの問題に入ろうと思う。労働のπとは簡単に言えば、労働者数にたいする雇用の場の数である。この問題は先の企業間競争とも関連するものである。国内外の企業間競争により工場の海外移転(産業の空洞化)や地域産業の衰退がおこったことはすでに述べたとおりである。そしてこのことが国内における雇用の場を減らし、今の労働市場は「労働者数>雇用の場の数」(=労働過剰)の状態となっているのだ。そのため一つの仕事を数人で分けるという事態が発生する羽目になる。つまり正社員が一人でやる仕事を非正社員が2人でやっているという感じだ。これが非正規雇用者を増やし、ワーキングプアを生み出すもう一つの原因である。
 以上、ワーキングプアを生み出す2つの原因を見てきた。解決の方向性を提示するためにも、ここでもう一度その原因をまとめておきたい。まず一つ目は、国内外の企業間競争の影響で全国的に非正規雇用者登用が増えたことと、地方産業の衰退により雇用の場が喪失し地方から都市部へでた人が非正規の地位しか得らないことがあるためである。そして二つ目は企業間競争で産業の効率化が行われるため労働のπが大きくならず、非正規雇用者が増えてしまうというものである。
 ではどうすればこのワーキングプア問題を解消することができるのだろうか。以上の原因分析から一つの方向性を導き出すことができる。それは地域産業の創出である。地域産業の創出・育成により地方でのワーキングプア問題を解消することができ、同時に都市部でのワーキングプア対策にもなるからである。さらに新たに地方において産業を作り出すことは労働のπの拡大にも繋がるため望ましいものだといえる。
 以上、今回のコンテンツではワーキングプアの問題提起とともに原因分析を行うことで解決の方向性を導き出した。 次回のコンテンツでは、最終的政策である地方産業の創出・育成のための過渡的政策として何をすべきかを中心に述べていきたいと思う。