「磨り減っていく歯車」

法学部1年 加藤洋平

 我々の住む現代社会は果たしてどのようなものであるか。それはよく端的に「グローバル化された社会」と表現される。これは何重にも噛み合った歯車のような社会である。技術革新によりヒト・モノ・カネ・情報の流動性が増し、かつてはほぼ国家に限られていた他国との交わりも企業、市民社会組織などの活動により多次元化されてきたと言える。そのような社会では政治・経済・法・文化などさまざまな分野で価値を共有し繋がりを深めた。また、他国の存在無しには、歯車が噛み合わなくなり回らなくなるのと同様、我々が現在送れているような生活を成り立たすことは極めて困難になる。このように、我々は歯車のような相互依存・補完型の社会の中で生を成しているのである。

 「地球の平均気温が異常な率で上昇しつつある。これは、自然現象ではなく、人間活動によるもので、特に化石燃料の大量消費という現代文明によって齎されたものである。それに伴って、気候が大きく変動し、自然環境もこれまで人類が経験したことの無いほど大きく変わる。その時には、人類もこれまでのような生活を営むことはできなくなるであろう。」

1988年5月、アメリカ議会での地球科学者、ジェームス・ハンセン博士の証言である。

 我々の生活の発展は化石燃料の大量消費の上に成り立つ経済活動によって担われてきた。しかし、この反作用として様々な環境リスクが我々に降りかかってくる。とりわけ地球温暖化が齎すリスクは局地的なものではなく、地球規模である。これは我々の相互依存・補完型の社会構造を崩しかねず、日本の安全保障上において死活的な問題だということができる。地球温暖化により異常高温、強い熱帯低気圧や大雨の発生頻度の増加、海面上昇などと言った様々な気候変動が起きる。まずはこれらの要因が齎すリスクを検証していくことで、地球温暖化解決の重要性に説得力を与えていこうと思う。

 まずは食料だ。世界的な人口の増加、経済発展により食料に対する需要はますます高まってきている。穀物などの期末在庫率は世界同時不作による食糧危機に陥った1970年代初頭と同じくらいの低い水準にある。またアメリカのバイオエタノール需要の増加が見込まれるため、穀物の価格はより一層高くなることが予想される。この現状に加えて地球温暖化のリスクがある。2003年と2006年、ヨーロッパは記録的な熱波に襲われた。特に2003年はEU穀物生産量が2300万トン落ち込んだ。畜産業においても温暖化は乳牛や肉牛、豚の飼育環境の悪化を招き、生産量低下に繋がる。また、海中の二酸化炭素濃度上昇に伴うプランクトンの増加により海中の生物多様性が損なわれ、海水面のわずかな温度変化でも魚介類の分布地は変わりやすいということから漁獲量の低下も懸念されている。日本の食糧自給率は40パーセント代を遂に割り込んだ。このような現状を踏まえて、日本の食糧安全保障は一層脆弱になったと言わざるを得ない。

 温暖化は直接的な人的被害も齎す。先ほど述べた2003年のヨーロッパでの熱波はヨーロッパ全体で5万人以上が死亡すると言った被害が出た。日本では2004年に観測史上最多である70日の猛暑日を記録し、熱中症患者の数が増大した。また、毎年世界で150万人から270万人が死亡していると言われるマラリアデング熱を媒介するネッタイシマカ、ハマダラカなどの蚊の分布地が北上し、日本でもこれらの伝染病が流行する可能性があると指摘されている。

 経済的なダメージも考慮されなければならない。世界銀行の元チーフエコノミストであり英国経済担当特別顧問であるニコラス・スターンが英国財務大臣に提出したスターン・レビューによると、「気候変動に対する強固かつ早期の対策を行うことによる便益は、そのコストを上回る」とした。その上で、何ら策を講じなかった場合の経済的損失は世界平均で来世紀にはGDPの少なく見積もっても5パーセントから10パーセントにまで膨れ上がることが指摘されている。またこのリスクの規模は2度の世界大戦や、20世紀前半の世界大恐慌に匹敵するもので、一度引き起こされた変化を元に戻すことは難しく、ほぼ不可能だそうだ。

 このように地球温暖化が齎すリスクは日本の安全保障上の癌となっているのだ。そして、この癌は国際社会の歯車の歯を磨り減らせ、やがては回らなくさせるという危険性を秘めている。そこに今私たちが送れているような生活はもはや存在しない。私たちはこのような現状に対して何を為すべきなのだろうか。

 次回のコンテンツでは地球温暖化に対して現在取られている政策とその不備に加え、自らの政策提示も行っていこうと考えている。