平成最後の4月下旬に私が考えていたこと   志田 陽一朗(政治経済学部2年)

苦痛すぎて記憶が曖昧になるほどの暗い浪人のトンネルを抜け、早稲田で遊び惚けて尻を蹴飛ばされるように2年生になってやっと、私は「アカデミズム」への第一歩を踏み出したようだ。

などとかっこつけているが、要するに「自分が大学で勉強していることの面白さやその意味が2年生になってやっとわかってきた」という、何ともお粗末な事実に私は気づいたのである。

これは一大事だ。「やっと気づけたのか!すごい!えらい!!」ということではなく、むしろ「このタイミングで気づいてしまった…」という意味での一大事だ。学問が本分の大学生を1年もやっておいて、今さら「学問する意味がわかりました」などとTwitterにでも投稿してみよ。1時間後には激怒のリプライで通知が止まらなくなっていることだろう(こんなコラム誰も読んでねぇよ、という自覚があるからこそこうして大っぴらに書いているわけだが)。私の名前が「石原慎太郎」などでなくて本当に良かった。

まあ、正直なところ、入学してからここまでの大学の授業に、意味面白みを全く感じられなかったといえば嘘になる。毎週その日に教室に向かうのが楽しみな授業はいくつもあったし、厚さが2~3cmある全編英語の教科書の丸ごと一章分を、カフェイン過多で鼻血を出しながら和訳・要約したのも、大学受験を経て英語の面白さやその重要性を確認したからである。

ただ、これらは今となっては怪しい。そもそも中学生の時に英語にある程度真面目に取り組み始めたのも、「ナタリー・ポートマンと楽しくおしゃべりしたい」などという不純なものがその動機の大半を占めていたし、大学に入ってからも「教授の話が面白いから」「授業中に映画を観せてくれるから」といった、授業で扱う学問そのものとは離れたところにインセンティブを見出していたことは事実だ。

今思えば、大学に入って一年余り、私は「University」の定義や「アカデミック」と形容される大学での学問から巧妙に目をそらしつつ、何となく授業に出席し、何となく課題をこなし、何となく単位を取ってきた。批判を恐れずに言えば、日本のほとんどの大学生は私と同じような境遇にいるだろうし、これからもその境遇に身を置き続けるだろう。別に私が偉いと言いたいわけではない。こうした多数派の学生生活のほうが幸福度は幾ばくか高いと思われるし、何より大学側が、我々学生にこうした生活をさせるような運営を戦後70年以上長々と続けてきたのである。「世界で輝くWASEDA」だの「たくましい知性を鍛える」だのと総長はぶち上げていらっしゃるが、私にはその輝きが、油の過剰摂取によるテカりにしか見えない。

…不毛な大学批判はひとまずやめにして、本題の「なぜ大学での勉強の意味やその面白さに気づけたと思えたのか」に戻ろう。きっかけはただ一つ、2019年の4月に行われた統一地方選挙である。

今年の地方統一選は激動だったようだ。大阪府での維新の会による「クロス選挙」や、沖縄・辺野古での衆議院補欠選挙マック赤坂氏の港区区議当選など、様々な波乱が日本中を席捲した。

確かにこれらの話題は非常に注目しがいのあるものだったし、事実私もこまめに情勢をニュースなどで確認していたが、それよりも私が興味深く感じたのは、ごくごく身近なところに、「選挙」という、ほんの少し前まで他人事だったものがそびえ立っていたことである。

自分の住んでいる選挙区の選挙ポスターを、時間をかけて一枚ずつじっくりと眺める。父の恩人が選挙に出ていると聞けば、公式サイトにアクセスして経歴や政策を調べる。今回の投票率が気になり、昨年度あんなに嫌いだった政治分析の教科書を引っ張り出して「投票行動」の章を読みふける…。

いったいどうしてしまったのかと自分でも思うくらい、私は「選挙」というものに夢中になっていた。一昨年の衆議院選挙など、義務感100%・興味0%の状態で投票に行き、白票を投票箱に押し込んで帰ってきた人間だったのに。「選挙って面白いなぁ」と何となく独り言ち、ひたすら自分で自分に困惑することが幾度かあった。

その時、「ああ、今アカデミック・アレルギーを克服しつつあるな」という考えが浮かんだのである。「そうか、これでいいのか」と。

大学に入って授業を受ける中で確信していったことに、「簡単なことやどうでもいいことを難しい言葉でさも難しいことであるように語ると、学者としてメシが食える」というものがある。申し訳ないが、今でもこの考えは持っている。何も、日本語として読めるかどうか怪しくなるくらい、専門用語や独自の言葉でレジュメを作成する必要はないではないか。ドイツ語やラテン語(!)で板書する必要はないではないか。「君はこんな事も知らないのか?」などと、数十も年下の少年少女に得意げに言い放つ必要はないではないか…。こうして、私はアカデミックなものに畏怖と嫌悪を示すようになったのである。

そして、今回の統一地方選挙が終わり、一つ気づけたことがあった。
彼らは、彼女らは、放っておけないのだ。
身の回りの現象や世の中の動き、人々の行いを、「ま、興味ないや」と片付けることが我慢ならないのだ。
簡単に片づけられそうなことを、あえて難しいものとして扱うことで、それらをより高次元のものに昇華させようとしているのだ。

なんだ、こういうことだったのか、と思えた。「アカデミック畑の人たちとは相容れないな」と思っていたが、彼らの「象牙の塔」の裏口は、何とも開放的なつくりだったのだ、と。

こう思うと同時に、心のどこかに抱いていた、雄弁会への違和感も吹き飛んだ。「別に博士号を持っているわけでもないのに、あいつは○○に詳しい、○○のことならあいつと話せばよくわかる、などと言っていいのか、また言わせていいのか」ということである。

「アカデミズム」は、別に、学者たちだけのものではないのである。大学に入り、その畑にいる人と関わりだした時点で、誰も彼も皆等しく、「簡単なことを難しくする」権利を持つのだ。雄弁会のみんなならなおさらだ。アカデミズムに触れ、その畑の耕作に参加することは、「真の雄弁家」への確かな道筋なのだから。

今私は、自信を持って「雄弁会が生きがいです」と言うことができる。「雄弁会に入っています」と述べるときにこれまで浮かんでいた、「自分はちゃんと雄弁会で活動できているのだろうか」というような懸念はない。

だからこそ、「このタイミングで気づいてしまった…」という感想を抱くのだ。今や私は、演練幹事として会活動に大きな責任を持つ立場である。しかも、この秋から一年間、オーストリアザルツブルクに留学に行く関係上、雄弁会に積極的に参加できるのはあと半年もない。激しい後悔と自省の念で、合わせる顔がございません。

とにかく、「気づいてしまった」私には時間がない。これからの活動に向け腕まくりをしたところで、この駄文にピリオドを打つこととする。