WEB企画「善意のリヴァイアサン」     法学部1年 吉原博紀

1序

 「地獄への道は善意で舗装されている

 これはマルクスの主著『資本論』にも引用された、ヨーロッパに伝わる古いことわざである。善意に基づく行為が結果として全体に害をなす、ということはどこの世界にもしばしば見られる。

2 社会認識・問題意識・理想社
 日本はバブル崩壊以降、長期にわたる低成長の中で、かつては当然とされていた「明日は今日よりも良い生活が送れる」という考えが、もはや自明のことではなくなった。この思想は日本人の平等意識を支え、日本は「一億総中流」とも言われる平等な社会を作り上げたが、低成長時代にはそれまで隠されていた格差を顕在化させた。日本がこれから、高度成長期のような経済発展を遂げることは難しく、「成熟化社会」の道を歩まなければいけない。そのような状況の中で、日本が「格差社会」化したと言われるようになって久しい。しかし、格差が存在すること自体は問題ではない。真の問題は、格差の固定化、社会の階層化である。
日本の現状はいったん競争に敗れると、格差が固定化してしまい、再び挑戦することが難しい社会となっている。学校を卒業し、社会に出ていくときに正社員になれなかった人はその後も不安定な非正規雇用につかざるを得ず、格差が固定化してしまう現状がある。
個人の競争の結果生まれた格差がある程度は認められるとしても、そもそも不公正な条件に基づく格差は、機会の平等に反するもので、決して認められない。生まれた瞬間に、その後一生に渡って取り返すことのできない差がついてしまうことは、近代主義の本義である、「自由」と「平等」に強く反する。しかし、現代の日本では生まれる家庭の階層によって本人の学歴、職業は大きく影響を受ける。

 私の理想社会は「全ての個人が自らの可能性を発露させ、幸福追求を行うことができる社会」である。しかし、現状は生まれてから社会に出ていく前に大きな格差が生じ、その格差はどのような職業に就くかによって拡大され、固定化してしまっている。そして、現状を放置すれば、そのような格差は次世代に継承され、日本は階層分化の強い社会となってしまうことは明らかである。自らの生が所属する階層によって決定されてしまうことは極めて不平等で不自由な社会といえる。
 具体的な問題事象としては「義務教育期から高等教育期において深刻化している教育格差と、日本型雇用の硬直性による正社員と非正社員の格差」が挙げられる。


3 現状分析・原因分析
3−1 労働問題
3‐1‐1 格差社会の現状分析
日本が格差社会になったという主張は大きい。確かに、相対的貧困率ジニ係数などの、所得格差を示す指標によれば日本の格差は拡大していて、他の先進諸国と比べても比較的大きい。相対的貧困率の定義は「その国の所得の中央値の半分(中位所得)に満たない者の割合」であるが、OECDの発表したものによると、日本の相対的貧困率は2005年時点でOECD諸国中4位の14.9%となっている。主要先進国の中ではアメリカに次いで第2位である。2000年のデータでは、日本は15.3%だったので若干減少したが、順位はアイルランドより低く5位であった。OECDの報告書によれば過去20年間でOECD諸国のうち3/4以上の国において富裕層と貧困層の格差が 拡大している。
また、ジニ係数も「格差社会」問題を論じる際に良く使われる指標である。これは0から1の間の数値で表され0に近づく程格差が小さいことを示す。完全に0になれば、全ての人が同じ所得を得ているということである。ジニ係数が0.2〜0.4の間にあれば「比較的健全な競争が保たれている社会」だとされる。
 日本のジニ係数は2005年には当初所得で0.526だが、再分配後の所得では0.387と先ほどの基準を考慮すれば「やや格差がある社会」だと言える。国際比較をするとアメリカやイギリスなどに次ぐ高さで、OECD平均よりもやや大きい。
 日本におけるジニ係数の推移をみると1980年代から一貫して上昇しているのがわかる。図に示したジニ係数の数値は厚生労働省の「所得再分配調査」によるもので、「国民生活基礎調査」や総務省の「全国消費実態調査」など、他の調査では異なる数値が示されている。例えば「全国消費実態調査」によれば、日本のジニ係数は0.308で「所得再分配調査」よりも低くなっている。しかし、どの指標も1980年代以降は一貫してゆるやかな拡大傾向にある。
 なお、「所得再分配調査」と「全国消費実態調査」のジニ係数の数値の違いの要因は、主に世帯の範囲の違いに拠るものである。「所得再分配調査」は総世帯を対象としており、一人暮らし世帯を含む。一方で「全国消費実態調査」は二人以上の世帯を対象としていて、一人暮らし世帯は含まれない。一般に一人暮らし世帯のジニ係数は高くなる傾向があるので、「所得再分配調査」の方が、当初所得再分配所得の両方においてジニ係数が高くなっているのである。
 以上のようなデータをもって、「日本は格差社会が進行している」とする主張もあるが、それは必ずしも正しいとは言えない。一般的に言って、高齢者になるほど所得格差は大きくなる。20代の年収と50代の年収を比較した場合にどちらが、差が大きいかは明白だろう。高齢化の進む日本で、ジニ係数が上昇することはある種当然のことであり、それのみをもって格差が広がっているとは言えないのである。


3−1−2 世代内格差
 右に挙げた図は「全国消費実態調査」に基づく、世帯主の年齢階級別のジニ係数の推移である。この図によると、70歳以上が0.343なのに対して、30歳代が0.223と両者には大きな差がある。しかし、ここで注目すべきは30歳以下のジニ係数の推移である。
 右の図を見ればわかるように、平均は上昇傾向にあるものの、50代から70代では減少傾向にある。これは年金制度が確立したことが主な要因であると考えられる。しかし、30代と40代では多少の増減はあるが80年代以降ほぼ横ばいで、30歳未満に至っては、明確にジニ係数は上昇傾向にある。 2004年の時点で30歳未満というのは1974年生まれ以降に当たる。これはいわゆる「ロストジェネレーション」とほぼ一致する。この世代におけるジニ係数の上昇の原因は主に非正規雇用が拡大したことにあると言われる。この世代が社会に出てくる頃は就職氷河期とよばれ、大量の非正規雇用者が生まれた。新卒学生の就職状況はその後の景気回復に伴い改善傾向にあったが昨年来の世界同時不況に伴い、再び悪化するとみられている。本格的な悪化傾向は2010年度末から始まるとみられるが昨年度末には内定取り消しが社会問題と化した。

3−1−3 正社員とフリーター・派遣労働者
 若年層における格差が拡大している主要な原因は雇用の非正規化だと考えられる。先日発表された平成21年度年次経済財政報告(平成21年7月24日)によると労働所得の格差は1987年以降長期に渡って緩やかに拡大し続けており、その傾向は2007年まで続いている。この調査によれば正規と非正規のグループ内部における格差拡大は認められないが、非正規雇用そのものが増加したという構造変化のために格差が拡大する要因となった、とされる。つまり最大の問題は非正規雇用正規雇用の賃金格差にあると考えられる。
 またこの調査においては所得再分配の方法が税から社会保障に以降したため、高齢者を除く現役世代では再分配効果がほとんどないことが指摘されている。つまり、若年低所得者に対してはそもそも格差が拡大傾向にあり、貧困が深刻化しているにも関わらず、政府による再分配機能も極めて弱いという二重の問題を抱えている。
 さらに、現在の30歳前後の層における格差は今後永久的に日本社会に影響を与える可能性が高い。既に述べている通り、一般的に年を重ねる程格差は大きくなるので、20代において既に生まれてしまった格差はこれから30代、40代と時を経るにつれて拡大しながら続いていく可能性が高いのである。20代に非正規雇用を余儀なくされOJTの機会を失った者は、その後も正社員になる道は狭い。日本経団連の「2006年春季労使交渉・労使協議に関するトップ・マネジメントのアンケート調査結果」によると、フリーターを正規従業員として積極的に採用する、と答えた企業は僅か1.6%である一方で、採用しないと断言している企業は24.3%に上る。回答のあった企業のうち、約6割は「経験・能力次第で採用」すると回答しているが、正社員としての経験を積んでこなかった、特に30代の、フリーターにとっては、正社員になるということに高いハードルがあるのは明らかだろう。

3−1−4 日本の法制度における解雇規制
以上見てきたように正社員と非正社員を隔てる壁は高い。フリーターの生涯賃金は7千万円弱で、男性正社員ならば約3億円弱だとされている ので、その差は2億円を超える。退職後の年金受給額を考えると、その差はさらに広がるであろう。フリーターや派遣労働者など、非正社員の所得にはそもそも年功序列制度はなく、また経験によるスキルの蓄積も小さいので、年齢を重ねても収入が上がることはない。
このように正社員と派遣社員の格差は大きい原因は日本の硬直化した雇用法制にあると考えられる。本来民法の定める私的自治の原則に従えば、使用者と労働者は対等の関係にあり、契約当事者双方から雇用契約の取り消しをすることが可能なはずである。しかし、現実には両者の関係は対等ではなく、使用者が強い場合が圧倒的に多い。そのために使用者による雇用契約の取り消し、即ち解雇を制限する必要が生じる。日本ではその制限は立法ではなく判例の積み重ねによって形成されてきた歴史がある。

 解雇に法律上幾つかの類型が存在する。
?懲戒解雇…犯罪や経歴詐称など重大な違反をしたことを理由とする解雇。
?普通解雇…就業規則による一般的な解雇。単に解雇という場合もある。
?整理解雇…企業の業績悪化などに伴い、倒産を回避する手段としての解雇。

このうち特に問題となるのは?普通解雇と?整理解雇(リストラ)である。まずは整理解雇に関して分析していく。

 整理解雇は、判例によって大きく制限されてきた。判例の蓄積よってできた解雇条件を「四要件」と言い、原則としてこの要件を満たさない解雇の申し出は不当解雇として無効となる。
1人員整理の必要性…整理解雇は普通、労働者に責められる理由がないにも関わらず行われるものであるため、人員の削減をしなければ経営が維持できない、といった相当程度の必要性が認められなければいけない。
2解雇回避努力義務…整理解雇は経営改善のためにとられる最終手段である、という考えに基づく。そのため役員報酬の削減、配置転換、出向、派遣等の非正社員の雇止め、等の経営努力を十分に行う必要がある。
3解雇選定の合理性…解雇の権限を持つ人間の恣意的な好悪感情に基づく人選を避けるため、誰が解雇されるかは合理的で公平な基準によって判断されなければいけない。
鄽手続きの妥当性……説明や協議など被解雇者の納得を得るための手順を踏まない整理解雇は、他の要件を満たしていても無効の可能性が高い。

労働法学者の濱口桂一郎によれば、このような「整理解雇乱用法理」は1970年代のオイルショック時に確立されたものだと言う。当時の常識から判断すれば、妻が専業主婦かパートタイマーで夫が正社員というモデルが一般的であった。非正規雇用の絶対数も少なく、それもパートの主婦かアルバイト学生であったという前提ならば、正社員男性を守るための「整理解雇乱用法理」は妥当であったかもしれないが、先の四要件のうちの特に鄱解雇回避努力義務、は非正規労働者の雇止めを当然の前提としており、雇用形態による差別になっている。非正規労働者の絶対数が増え、労働形態の構造転換が起きている中で「整理解雇乱用法理」は正規と非正規の著しい待遇格差を助長しているのが現状である。

このように整理解雇に対しては日本の法制は非常に厳しいにも関わらず、普通解雇に関しては諸外国と比べて甘い基準の下に運用されている、という指摘がある。例えば従業員が時間外労働を拒否したことを理由にした解雇など、が判例上も認められているケース や介護を必要とする家族を抱えた労働者に遠距離移転を命じ、拒否した労働者を解雇した事件において、その解雇を有効と認めたケース などがある。

このように、整理解雇には厳しく、普通解雇には甘い日本の解雇規制は非正社員と企業にとって不利益であるばかりではなく、正社員にとっても幸福な制度ではない。解雇しにくい、ということは正社員として雇いにくいということをも意味しているので、いったん会社を辞めたらもう一度正社員になる道は極めて狭くなってしまうのである。実際、転職によって年収が上がるのは全体の半分に満たないと言われている。その結果、現在正社員として働いている人は、例え過酷な従業環境でもその企業に残らざるを得ない。これは過労死増加の原因の一つであると考えられる。
 またNPO法人POSSE」によれば、整理解雇(リストラ)の条件が厳しいために、企業側はなんとか「自己都合」による退職にしようと、対象とする労働者に強迫によって辞表を出させるなどの、明らかな違法行為も珍しいことではないという。


3‐1‐5 誰が非正規労働者を代表できるのか
 日本では以上のように労働法制上も、非正規労働者は差別待遇を受けているだけではなく、そのような現状に対し、彼らを代表して使用者や政府に対して声を挙げる組織が存在しないことも、正社員と非正社員との格差が大きい原因だと考えられる。本来は労働組合が労働者の待遇改善・地位上昇のために活動をすべきであるが、連合をはじめとする日本の労働組合は、そのほとんどが正社員によって構成されている。つまり、現状では労働組合は正社員の代表組織に過ぎない。非正社員の待遇改善を行うことは、労働者全体の取り分が変わらないとすれば、自らの既得権を取り崩すことになってしまう。労働組合が、非正社員の組織化に消極的なのは当然だろう。

 連合は非正規労働センターを作るなど、非正社員の組織化に向けて活動を行ってはいるが、非正社員の組織化率は5%に満たない。個別の企業別組合が、極めて非正社員の組織化に消極的なのである。厚生労働省の『平成15年 労働組合実態調査』によれば、パートタイム労働者が事業所内にいる組合のうち、実際に一人以上のパートタイム労働者が加入している組合は全体の10%にすぎない一方で、非正社員の組織化のための取り組みをしていないとする組合は全体の3/4弱を占める。
 派遣ユニオン首都圏青年ユニオンなど、フリーターや派遣など、あるいは彼らと同じように既存の労働組合に加入できない管理職などを対象とし、誰でも一人から参加することができるコミュニティユニオンと呼ばれる組合も存在はしているが、その影響力は小さい。現状では、主な活動は職場で労使間トラブルにあった非正規労働者の個別紛争処理に限られている。
また、労働組合そのものの影響力が弱くなっていることも挙げられる。組織率は2008年時点で、18%で過去最低だった。その要因は既に述べた非正社員の加入率の低さに加えて、特定政党への支援活動、組合費の割高感、などが考えられる。さらにIT業界や派遣業界など、近年になって顕著に発展した産業では、例えある程度の規模の企業でも労働組合が存在しない場合が多い。


3−2 教育問題
3−2−1 教育格差と階層化社会
 階級(Class)とは法的な根拠に基づく身分的格差(貴族と平民と奴隷、など)、あるいはマルクス主義的な意味における労働者階級と資本家階級、等を表すと定義するとすれば今日の日本には階級はほとんど存在しないと言ってよいだろう。しかし、社会階層(Social Stratification)は今日でも明確に存在する。マルクス主義的な階級は生産手段の所有の有無という点のみで一元的に判断されるものだが、社会学者の富永健一の定義によれば社会階層とは「人々にとっての欲望の対象である諸種の社会的資源(経済的資源・関係的資源・文化的資源)が不平等に分配され、その結果、社会的地位の異なる人々が複数の階層をなしてつらなっている構造状態」というものである。
ここで関係的資源とはコネ、威信、決定へのアクセス(政治的影響力)などであるとされ、文化的資源とは学歴や知識などである。このように資源の種類は多様で必ずしも経済的なものに限られるわけではない。例えば、収入は低くとも尊敬を受けることの多い職業は存在するし、当然その逆の例も多い。この点に階級と階層の本質的な違いが存在する。

 ここで階層化社会とは格差が固定化し、親の階層を世襲的に継承する程度が強くなっていく社会だと定義する。階層研究における基本調査である「社会階層と社会移動全国調査(SSM調査)」を元に、高度経済成長を終えた1970年代以降日本は階層社会化しているという主張も既に存在する。例えば佐藤俊樹は「父親がホワイトカラー雇用上層(上場企業の役員を含む)(W雇上)だった場合、その子の主たる職業(40代の時の職業)がW雇上になる可能性の高さ(オッズ比)は1975年以降高まっている」と主張する。 さらに橋本健二は最新の2005年SSM調査においても各階層の閉鎖性は上昇していると述べている。

 先ほども述べたように日本には法的な身分制は(皇室を除いて)存在しない。また高齢化の進んだ社会では遺産の相続が行われる頃にはすでに子供は壮年であることが多く、財産の継承そのものによる階層の継承はさほど大きな要因ではないと考えられる。それ故「日本は学歴社会である」という指摘もしばしばなされるように、日本社会の階層を決定する要因としての学歴は比較的大きな影響力を占めているものと考えられる。
 そのような現状の中で教育格差が広がるということは、即ち社会の階層化に直結することを意味する。そこでこれから日本の教育格差の現状を分析し、さらに今後その教育格差が日本社会の階層性にもたらす影響を明らかにしていく。

3−2−2 親の階層と子供の学歴
 一般的にイメージしやすいのは「親の所得が直接子供の学力、学歴に影響する」という仮説だろう。実際つい先日も「世帯年収で成績格差、学力テスト小6調査、1200万円以上、正答率8ポイント高く。」という記事が掲載された。  この記事によれば2008年度の全国学力テストを受けた公立小学校6年生のうち親の年収が低い家庭の子供ほど国語・算数ともに正答率が低かったという。世帯所得が1200~1500万円の家庭の子供が最も正答率が高くそれぞれ78.7%と82.8%であった一方で、200万円以下の家庭では56.5%と62.9%で最も低く、その差は20ポイント前後に及ぶ。平均は69.4%と74.8%であった。
 しかし、経済学者の荒井一博によれば「親の所得や子ども自身の能力などが同じでも、親の学歴が高いほど、子どもも高学歴になる」ということは日本のみならず世界的にも実証的に明らかになっているという。  つまり高学歴の親は概して所得も高い場合が多いので、親の所得と子供の学歴は相関関係があるように見えるが、それよりも相関関係が強いのは「親の学歴と子供の学歴」であるという。そして、学歴は卒業後の職業、特に初職、に強く関連しているので、「親の所属する階層が子供の所属する階層に受け継がれてしまう」という危険性を指摘する。

3−2−3 インセンティブ・ディバイド
 次に子供の学力に出身階層がどの程度影響しているのか考察していく。教育社会学者の苅谷剛彦は両親の学歴と父親の職業を元に調査対象の家庭を3つの階層に分けた(単純に3等分)。そして小学5年生と中学2年生を対象に、独自の学力テストや、学校の勉強の理解度や生活態度などに関する調査を行った。その結果、下位階層にいる生徒ほど、学習に対するインセンティブ(意欲)が低く、実際の学習行動においても勉強時間や読書時間は下位階層になるほど低くなる傾向が確認された。また学力テストの結果も上位階層になるほど平均が高くなった。
 以上のように出身階層と学力の間には明確に相関関係があるのだが、苅谷剛彦によればこの傾向は1989年の類似調査と比較して強まっている。苅谷はその主な原因を「ゆとり教育」であるとしている。ゆとり教育によって公立学校における「勉強圧力」が弱まったこと、また少子化により受験競争が緩和され、受験勉強への圧力も弱まったことにより、子供がどの程度勉強するかは各家庭に委ねられることになった。

 「ゆとり教育」は、かつての知識詰め込み型の学力ではなく、「自ら学び、考える力」という新しい学力を重視した教育政策であった。しかし、この調査によれば、受けたい授業として「自分で調べる授業」や「自分の考えを発表したり、意見を言い合う授業」を挙げている生徒は下位階層になるほど少なくなっていく。しかもどの階層においても、そのような生徒の自発性に基づく授業より、「教科書や黒板を使って先生が教えてくれる授業」を望む割合が高いという「ゆとり教育」と逆行する結果となっている。 「勉強圧力」が弱まっても、家庭に「文化資本」があれば本を読むなどして子供は自発的に勉強をする可能性がある。また自発的にではなくても親が教育に高い価値観をおいていれば親が勉強を教えたり、塾に行かせたり、あるいはレベルの高い私立学校に行かせるなどして「圧力」は高まる。一方「文化資本」のない家庭において公教育の「勉強圧力」が弱まれば、そのような中で好き好んで勉強する子供は少数派だろう。そもそも勉強をしようという意欲(インセンティブ)の段階において明らかな格差が存在してしまうのである。その結果日本は階層化社会となることを余儀なくされる。「1億総中流」と呼ばれた日本社会は、平等に高い「勉強圧力」によって維持されていたのである。義務教育段階で基礎的な学力が身に付かなかった子供がその後、自らの努力でその差を縮めることは、高等教育を受けられなかった場合に比べれば、遥かに困難だろう。
 しかし、自然状態のまま何らかの政策をとらなければ、階層間の格差、階層の固定性が高まっていくことは自明である。一般に学歴の高い者ほど教育に高い価値を置く傾向が強く、そのような者ほど子供にも高い学歴を望む。このようにして階層間の分断は進んでいくのである。


4 解決策・政策

4−1 整理解雇濫用法理の見直しと全労働者を代表する組織の設立
 現状分析で述べたように、日本の解雇規制は整理解雇には極めて厳しい半面、普通解雇には甘い。この現状を解決するために、解雇濫用法理の見直しが必要である。具体的には四要件のうちの「鄱解雇回避努力義務」の要件を緩和し、非正社員と正社員の整理解雇上の格差を是正する。一方で普通解雇の要件を厳しくし、現在は認められていない労働者側の権利としての金銭解決を導入する。現在は裁判の結果、不当解雇だと認められても救済の手段は「職場復帰」しかない。
 労働者の権利は労働者自身の交渉によって確立するのが産業民主主義の基本的な思想である。しかし、現状ではフリーターや派遣労働者の主張を代表する組織が存在しない。解決策としては、?既存の労働組合非正規労働者を加入させる、あるいは?新しい労働者代表者組織を作る、という以上二つが考えられる。?の新しい労働者代表組織は現状の日本でも存在しないわけではない。2003年に改正された労働基準法には企画業務型裁量労働制を職場に導入する条件として、「労使委員会」による合意を義務づけている。しかし、代表者の指名方法や合意方法に問題があり、現状では中小企業を中心に使用者が一方的に指名した代表者により就業条件が決定されるなど、有効に機能しているとは言えない。一方現状のままで、既存の労働組合が積極的に非正規労働者を受け入れるとは考えにくい。
 以上の点を考慮すると、労使委員会に事業所の全労働者を強制的に加入させた上で、労使委員会の権限を強化し、具体的な就業条件を労使委員会における労働者側と使用者側の協議によって決定する、という案が考えられる。そうなった場合に既存の企業別労働組合は存在価値が低下するので、統合され産業別労働組合となるか労使委員会に吸収されることが考えられる。これは現在のドイツのモデルに基づくものである。ドイツでは産業別の労働組合と、職場における労働者代表組織が別々に存在する。あ
 労働組合の反発を考えると、この案を実現するのは極めて困難だろう。現時点でも連合に所属する産業別労働組合は、労使委員会に否定的なコメントを出している。労使委員会の権限が強化されるとなれば、さらなる反発が予想される。
 しかし、労使委員会のような、代替組織を提案することによって、労働組合非正規労働者を組織化する「きっかけ」となり、結果として全ての労働者にとって公平な代表組織ができることが期待できる。

4−2 「ゆとり教育」の見直しと予算の拡充
 現状分析で述べたように、「ゆとり教育」は「学習圧力」を低下させ、親の階層の影響力を強める結果となった。現在「ゆとり教育」の見直しが進められているが、解決策として出されているのは安部政権期に盛んに言われた「教育バウチャー」制度など、教育に市場原理を取り入れようとするものが多い。また民主党子ども手当として年間31万円を各家庭に給付するとしているが、これも公教育ではなく、学校外の教育に重点をおくという政策であり、親の選択により大きく左右される点で、「教育バウチャー制度」と類似している。
 2000年から3年ごとに行われているOECD生徒の学習到達度調査(PISA)では日本は特に読解力の分野を中心に順位を下げているとして大きな話題になった。この調査では「教育バウチャー」を実践している、イギリスやアメリカなどの順位は、先進国のなかでは比較的低かった。しかも、細かいレベル別分布を見ると、上位層はほかの国と変わらないのだが、下位層の厚みが大きいために平均が下がっているという。この傾向は日本にもあてはまり、先述の苅谷剛彦による調査結果とも一致する。
 一方PISAの全科目で1位もしくは2位をとり、高い注目を集めたフィンランドでは学校間の競争が一切行われていないことで有名である。PISAの結果を見ても、学力下位の生徒の少なさが全体としての好成績につながっている。フィンランドの特徴は教師の質の向上にある。そもそも、民間のアンケート調査で「将来なりたい職業一位」になるほど教師の職業威信は高い。さらに、全員に教育学の修士号をとることを教員となることの条件としている。 フィンランドのもう一つの特徴は、少人数授業の徹底である。義務教育では自治体によって違いがあるがクラスあたり生徒数は最大でも24人が一般的である。語学や数学(算数)の授業ではさらに半分に分けられる。このような少人数授業がきめ細かい生徒指導を可能にしているのである。

 諸外国の状況を見ると、日本でも「教育バウチャー制度」などで落ちこぼれを作ってしまうのをさけるためには、教師の質と量の拡充により、公教育を充実させることが重要である。具体的には初頭教育における平均学級規模をOECD諸国平均レベルの21,5人にまで引き下げることや、教員の質の向上を図るため、教職大学院を卒業することを義務づける、などが考えられる。その際最も問題となるのは、財源だろう。
 日本のGDPに対する教育費は公費負担と私費負担を合わせて、4.9%。これはOECD平均の5.0%とそう大きく変わらないが、日本の特徴は高い私費負担割合にある。公費負担が3.4%で私費負担が1.5%である。公費負担はOECD諸国中もっとも低かった。この私費負担の高さこそが学力格差を作りだしている要因である。これを仮に私費負担と公費負担を両方ともOECD平均レベルにしたと仮定すると、新たに4,3兆円の予算が必要となる。ここでその財源として、民主党マニフェストに掲げている、子ども手当を充てることを提唱する。繰り返すように、子どもの学力は親の階層によって決定される要因が大きい以上、学力下位層の底上げを図るためには、公教育の充実が最も重要である。子ども手当では、その受け取ったお金をどう使うかは親の判断に任されている。もちろん、各家庭が望む教育に投資できるという点では肯定的に評価できるが、現状では学力格差をさらに広げる可能性がある。したがって現時点では、公教育の充実に予算を充てるべきであると考える。
 民主党子ども手当の主要な財源として、配偶者控除の見直しと無駄遣いの見直しを挙げている。無駄遣いの見直しがどれほどできるか現時点ではいまだ未知数である。そこで、新しく財源を必要とした場合には、相続税課税最低限の引き上げを行う。現在課税最低限が高いために、90%の人は相続税を払う必要がなくなっている。これを改め相続税による税収を増加させる。高額の相続に対する税率を上げるわけではないので、キャピタル・フライトによる影響は小さいと考えられる。

5 結 近代主義において「自由」は最も価値の高い概念のひとつである。しかし、果たして人は完全な自由に耐えることができるのであろうか。自分のとるあらゆる行動を、行動しないという行動も含めて、確実な正解がない中選択し、その選択の結果を受け入れなければいけない。これは現代の特徴の一つだが、極めて自由な半面、不安定な社会でもある。そこで不安定を軽減する必要が存在する。それは、具体的には労働の流動性を促進する一方で個々人の安定性を維持する「フレキシキュリティ」と呼ばれる積極的労働市場政策であり、あるいは義務教育以降の多様すぎる選択肢を選ぶ能力の下地を作る義務教育の保障である。
 このような流動性と安定性を両立させる政策こそが、「定常化社会」と呼ばれる低成長、ゼロ成長社会の中で、誰もが安心して暮らせる一方で、格差や階層を固定化しない未来への希望を抱くことのできる社会を築くために必要なのである。