「格付け会社とサブプライム・ショック

法学部2年 加藤洋平
日本やアメリカのような、一般的に「経済が成熟化した」と言われる国では労働分配率が低下する(賃金が伸びない)傾向にある。労働分配率の低下は雇用者所得の伸びがGDP成長率を下回ることを意味する。消費は所得の関数だから、所得の伸びが鈍化すると消費支出の伸びも鈍化する。GDPの中で最大シェアを占める個人消費の伸びが序所に低下していけば、設備投資や政府支出が持続的に増加しない限り、成長率は低下していく。この悪循環から脱するには、資産価格(土地、証券など)の上昇が不可欠である。

アメリカに端を発するサブプライム・ショックにはこのような時代背景があり、世界から大量のマネーがアメリカに流れ込んだ。アメリカは自国の潜在能力を超える成長を長年に渡って続けたのであるが、これは資産価格の上昇に下支えされていたのである。その際に住宅や不動産を担保に融資するモーゲッジに裏付けられたモーゲッジ担保証券(MBS)や、そのMBSを再度証券化した債務担保証券CDO)などの金融派生商品が開発された。

サブプライム・ショックの原因として、最初に述べたような資産価格バブルかはじけたことだとよく言われるが、そのショックを拡大させたのはMBSCDOのような資産担保証券を組成してきた投資銀行及び格付け会社に責任があるという議論が為された。それはなぜかというと、資産担保証券を組成する際に投資銀行は高い格付けを得るために格付け会社と協力して証券を組成するという潜在的利益相反の構造が存在していたからである。投資銀行からしてみれば高い格付けを付与された証券は多くの投資家に購入され、格付け会社からは投資銀行から格付け付与の莫大な手数料が手に入るのである。実際に格付け会社の収益の半分以上は資産担保証券の格付け手数料だったといわれている。このような手順で格付けが付与されたアメリカの証券化商品全体の格下げは2006年までは年間通常600億ドル以下であったが、2007年は3273億ドルの格下げが行われ、そのうち95パーセントに及ぶ3114億ドルがサブプライム関連証券の格下げであった(MBSが1505億ドル、CDOが1609億ドル)。

格付け会社は一般的にファイナンシャル・ゲートキーパー(市場の門番)と呼ばれ、「投資家保護に資する公益上の役割を果たす」という市場からの期待がある。しかし今回のサブプライム・ショックに際すれば、格付け会社ゲートキーパーとしての役割が機能していなかったと言わざるを得ない。

もう少し掘り下げて格付け会社に対する分析をしていくことにする。

米国における格付け会社の数は現在130社以上に上っている。しかし上述したように格付け市場はスタンダード&プアーズ、ムーディーズ、フィッチという三大格付け会社(三大NRSRO)が独占している。NRSRO(Nationally Recognized Statistical Rating Organizations)とは「全国的に認知されている統計的格付け機関」という意味で米国証券取引委員会(SEC)が設けている制度である。NRSROに認定された格付け会社とはいわば米国政府からの「お墨付き」が与えられてものとして市場からの絶大な信頼が寄せられることになる。制度が設けられた1975年時点ではスタンダード&プアーズ、ムーディーズ、フィッチの3社がNRSROとして認定されていたが、現在に至るまで認定を受けた格付け会社は8社に過ぎずそのほとんどは他のNRSROに吸収されている。最近では2003年2月にドミニオン・ボンド・レーティング・サービス(DBRS)、2005年3月にA.M.ベストが新たにNRSRO認定を受けたが前者はカナダを中心とする地域的な格付け機関であり、後者は保険の格付けを専門とする格付け機関であって3大格付け会社による寡占の状態に大きな変化はない。特にスタンダード&プアーズとムーディーズプレゼンスは圧倒的で、この2社だけで市場の80パーセント以上を占めていると言われる。米国政府及びSECは結果的にNRSROという制度によって格付け会社の市場への新規参入を実質的に禁止し、これら三大格付け会社の寡占を固定化し、事実上証券市場の監督権限の一部をこれらの格付け会社に委ねてきたことになる。

以上で見てきたように、投資銀行格付け会社間の利益相反サブプライム・ショック被害拡大をもたらし、その格付け市場は寡占状態にあったという事実が浮き彫りになった。ファイナンシャル・ゲートキーパーとして「投資家に資する公益上の役割」を果たす格付け会社を上手く機能させるためにはさらに厳格な規制が必要になるだろう。