「Rebuilding Iraq」

法学部1年 津田遼


1. 社会認識:

 現代社会はグローバル化された社会である。グローバル社会とは、国家同士、そして国籍を異にする企業が相互結合し、相互依存しあう社会である。このような社会において、一国の内政は当事国の政策のみならず、それを取り囲む諸外国の外交政策によって大きく左右される。
 その中で、その外交政策が諸外国に最も大きな影響力をもたらしている国家はアメリカである。特に第二次世界大戦以降、アメリカはその群を抜いた経済力・軍事力により、国際社会において多大なる政治的権力を保持している。このことは、現代、国際決済通貨として米ドルが最も多く利用されていること、アメリカが国連安全保障理事会WTONATOIAEAなど、現代国際社会で多大練る影響力を持つ国際機関の重要ポストを占めていること、そして9.11同時多発テロ以降、アメリカが中心となり有志連合を立ち上げ、国連の決議案に反対しながらもイラク戦争開戦へ踏み込んだという経緯から、根拠付けることができる。
 以上のことから、現代社会における国家の内政を研究する上で、対外諸国による影響力、特にアメリカによる影響力を分析することは不可欠であるといえる。




2. 問題およびその重大性・問題解決の重要性:

 2005年5月1日、G.W.ブッシュ大統領イラクでの主要戦闘終了を宣言した。しかしその後もイラク国内では、国際テロ組織アルカイダや旧フセイン政権のバアス党員などによる“テロ行為”が後を絶えない。攻撃の矛先は、米軍や多国籍軍、およびその関係者のみならず、イラク人に対しても向けられている。このような状況下、終戦から現在に至るまで約5万人が“テロ行為”およびそれに伴う米軍の武力行使によりその命を失っており、そういった事実はイラク国内のみならず世界中に大きな影響を及ぼし、イラクに多大なる損害を与えている。
 まず、イラクでの“テロ行為”がイラク国内に与える被害の重大性を述べる。
 “テロ行為”による被害は、一次的被害と二次的被害に分類できる。
一次的被害とは、負傷や殺害など、襲撃による直接的・物理的な被害である。米軍関係者のみならず、多くのイラク人民間人および非戦闘員が標的となり、この直接的な被害を被っている。
二次的被害とは、一次的被害から派生的に生じた間接的な被害である。これには、イラク人の幸福追求に対する阻害と、イラクにおける経済活動の沈滞化が挙げられる。
“テロ行為”によって治安が悪化することで、人々が身の危険を感じずに安心して生活を送ることが非常に困難となる。彼らはいつ襲撃に遭うかも分からないという状況に常に置かれることなり、そのことから受ける精神的ストレスは多大なものであると考えられる。これはイラク人の生活を不安定化させ、また、それは彼らが自らの幸福をその人生において追求するにあたって非常に大きな障害となる(「幸福」の定義は個人によって異なるものではあるが、たとえそれがどのようなものであれ、自らの生命が何者かによって脅かされているという精神的圧力が、その追求および実現にあたってマイナスに働くことは明確であるといえる)。
 また、治安悪化はイラクにおける経済活動の沈滞化という被害をも引き起こす。これは、主に三つのプロセスをもって実現化される。
第一のプロセスは、イラク国内を生活基盤とするイラク人およびイラク駐在者への影響により実現化される。治安の悪化は上記の通り多くのイラク人の尊い生命を奪うのみならず、彼らに多大なる精神的ストレスを与え、彼らの行動の自由をも、襲撃の可能性という恐怖により制限することとなる。これは結果としてイラク国内において、経済活動に携わることが可能な人的資源の減少につながり、経済活動の沈滞化を引き起こす。
第二のプロセスは、イラク国内における主要産業施設や行政機関に対する直接的な破壊行為により実現化される。電力発電所や役所など、経済発展に必要不可欠である産業施設が破壊されることは、経済を発展させる上で大きな支障となる。
第三のプロセスは、先進国を中心とした海外企業への影響により実現化される。イラクサウジアラビアに次ぐ世界第二の産油国であり、イラク戦争により多くのインフラが破壊されたことや、イラク発展途上国であるということは、イラクが非常に大きなマーケットの対象となりうる可能性を作り出している。しかしながら、“テロ行為”による治安悪化は、そのようなマーケットへの海外企業の進出を大いに阻害している。このことも、イラクが経済発展を遂げる上で大きな足かせとなっている。
 以上のことから、イラク国内における“テロ行為”を減少・撲滅させることは、イラク人の生命の安全を守り、彼らの幸福追求を実現させ、イラクを復興させる上で非常に重要であり、また、不可欠であるといえる。
 イラク復興の実現化において、アメリカを始めとする先進諸国の援助は不可欠である。そして、それらの国家にとってイラクを復興をさせることが、多額の軍事費の支出や貴重な人材の損失といったデメリットを上回るだけのメリットを生み出すことに繋がらなければ、そのような援助が行なわれることはないといえる。よって次に、イラクでの“テロ行為”がアメリカを始めとする先進諸国に対して与える被害の重大性、そしてイラク復興を実現させる重要性について述べる。
 イラクを復興させ、経済的に発展させ、その社会を安定化させることは、イラク人の利益のみならず、それを支えるアメリカを中心とした先進諸国にとっての利益にも必然的につながる。何故なら、1.上記の通りイラクは世界第二の産油国であるので、エネルギー安全保障においてイラクの発展は先進諸国自らの発展においても死活的問題であり、2.イラクの治安回復はイラクがテロ組織の温床となりうる可能性を大幅に低下させるので“テロ行為”の脅威を低下させる上で非常に大きな意味を持ち、3.イラクの治安安定化・経済発展を実現し、中東地域における「民主化」の成功例を作ることで、サウジアラビアなどの中東地域におけるレンティア国家に対する民主化への圧力を強めることができるので、中東地域からの将来的な石油輸入の安定化・状況改善を図る上で非常に重要であるといえるからである。
 つまり、イラク復興を実現化させることは、イラクのみの利益につながるのではなく、中東地域の安定化、そしてアメリカを始めとする先進諸国の安定化・経済発展にも大きくプラスの影響をもたらすのである。ここにイラク復興実現化の重要性がある。


* “テロリズム”の定義について:

テロリズムという用語の定義について、法学者の長尾龍一は「暴力的行使の主体や暴力の種類の問題、いずれからしても普遍的なテロリズムの定義は成立しない」としている。
以下、テロリズムの定義をいくつか挙げる。

 「政治学辞典」(2000年):
テロリズムとは殺人を通して、政敵を抑制・無力化・抹殺しようとする行為である。抑圧的な政府に対して集団的行為がなかなか思うように取れないときに、政府指導者個人を暗殺することで、レジーム全体を震動させ、崩壊させるきっかけをつくろうと企図することをテロリズムという。逆に、国家が政府を転覆しかねない反対勢力に対して殺人を行うことを国家テロリズムという。』
 「有斐閣 法律用語辞典 第二版」(2000年):
『一般的には、政治団体により政治的目的のため組織的・集団的に行使される暴力をいう。』
 「グローバル・テロリズムの諸類型 2000年版」(アメリ国務省による報告書):
『世界に遍く受け入れられているテロリズムの定義は存在しない。「テロリズム」とは、非国家集団(sub national)もしくは秘密のエージェントにより、非戦闘員を標的として、入念に計画された、政治的動機を持った暴力を意味し、通常それを見るものたちに影響を及ぼすことを意図するもの。』

これらの例からも、普遍的なテロリズムの定義が存在しないことが分かる。
本研究では便宜上、「テロリズム」の定義を「非国家主体が、その政治的目的を達成させるために行う非合法的な武力行使」とし、その行為を特にさす場合を「テロ行為」、そしてその行為主体を「テロリスト」と定義することとする。
もっとも、テロリズムという用語を特定の暴力行為の代替語として使用する場合、細心の注意を払わなければならない。何故なら、「テロ」という用語がある暴力行為に対して一旦使われ始めると、その暴力の背景を理解しようという人々の思考が停止し、テロ行為は絶対悪であるという合意が社会全体で形成されてしまう恐れが大いにあるからである。
このことについて、イギリス人ジャーナリストロバート・フィスクは次のように述べている:

『「テロリズム」はもはやテロリズムを意味しない。これは定義される概念ではなく、政治的な考案品なのだ。「テロリスト」とは、その言葉を使う側に向けて暴力を行使する者のことである。イスラエルが認めるテロリストとはイスラエルに敵対するものだけのこと、米国が認めるテロリストとは米国やその同盟国に敵対するものだけのことだ。』

 従って、テロリズムという概念は相対的なものであり、テロリズムを議論する上で絶対な悪は存在しないといえる。このことは、1988年にアルカイダ指導者であるオサマ・ビン・ラディンアメリカABCニュースのインタビューの中で主張している:

 『半世紀以上に渡ってパレスチナ同胞の虐殺に加担し、広島、長崎で無差別大量殺戮を行い、イスラム諸国への侵略を繰り返してきたアメリカこそ最悪のテロリストであり、そのようなアメリカに対する報復行為は相互主義的観点から正当化される。アメリカ人は軍人、民間人のすべてが標的である。米軍がイスラム世界から出て行くまで戦う。』

 確かに、オサマ・ビン・ラディンが主張するように、彼らアルカイダによるテロ行為は相互主義的観点から正当化されなくもない。しかしながら、たとえ理論的に正当化されたとしても、それが必然的にその行為が妥当性を帯びるということに直結するわけではない。現に、テロ行為は上記した通り多くのイラク人の幸福追求を阻害し、イラク復興の大きな障害となっているという事実がある。
 従って、イラク人が自らの幸福を追求できる人生を送ることが出来るイラク社会を築き上げるという目標を達成するにあたり、オサマ・ビン・ラディンを初めとするテロリストが主張するテロ行為の正当性を承認するよりも、たとえそれが相互主義的観点からすれば不公平になろうとも、これらのテロリストを減少・撲滅させるための処置を取ることは妥当性があり、不可欠な判断であると考えられる。




3. 問題の具体的事象

 第二章では、テロ行為は直接的被害である一時的被害と、間接的被害である二次的被害に分類できると述べた。本章では、一次的被害に関してはその具体的被害を、そして二次的被害に関してはその具体的被害、およびイラクにおけるテロリズムがどのようなプロセスのもとそのような被害を引き起こしたのかという具体的原因を述べる。

一次的被害:
 2006年6月25日の米紙ロサンゼルス・タイムズの発表によれば、2003年3月にイラク戦争が勃発してから2006年6月1日までに米軍のイラクでの武力展開によって出たイラク人死者数は5万人を超えた。集計は、バグダッドの遺体安置所が発行した死亡証明書と、イラク厚生相が集計した病院で発行された死亡証明書の数の合計である。


二次的被害:
 テロ行為による主な二次的被害として、?イラク人の幸福追求の阻害、?経済活動沈滞化の二点が挙げられる。?の経済活動沈滞化に関しては、主にA)電力不足に伴う被害、B)行政機関の一時的機能停止に伴う被害、C)イラクに進出する海外企業数の低下に伴う被害が挙げられる。ここでは特に被害が重大である電力不足に伴う被害および行政機関の一時的機能停止に伴う被害について述べる。

? 経済活動沈滞化を引き起こす被害:
A) 電力不足の発生に伴う被害:
具体的被害内容: 
現代社会におけるほぼ全ての産業は電力を用いて運営されているため、電力不足はそれらの産業の経済活動に危機的状況をもたらしている。
その中でもイラク社会において最も深刻なのは、原油採掘事業、製油事業、そして浄水事業といった経済発展の土台をつくる主要産業の機能低下である。
原油採掘事業は、イラク戦争以前の1999年においては131億7680万ドルと、イラクの貿易総額の62%のシェアをもっていたことからも分かるように、イラク最大の産業である。仮にイラク戦争以前と同等の規模の原油輸出が可能になれば(すなわち輸出日量が200万バレルの水準に達すれば)、年間150億〜180億ドルの収入を確保することが出来る。したがって、電力不足により原油採掘事業の生産が低下することは本来得られるはずの原油輸出による収入の可能性を破棄し、イラク経済発展に多大なる支障をきたしている。
製油事業は、イラク第二の産業であり、1999年において28億3840万ドルと、イラクの貿易総額の13.4%のシェアをもっていた。製油事業は現代社会において電力と並ぶ重要なエネルギー資源であるガソリンを精製するのであり、このプロセスに対する阻害は電力不足と同様に重大なエネルギー問題を引き起こしている。需要に対する供給量の減少からガソリン価格は高騰し、ガソリンを必要とする産業や自動車による交通に大きな支障をきたしている。これもまた、イラク経済発展の過程において大きな足かせとなっている。
浄水事業は上記二つの産業とは異なり直接的にはイラク政府の大きな収入源とはならないが、イラク国内に飲料水を提供するという面で最も重要な産業であるといえる。しかしながらこの浄水事業も、ティグリス川という豊富な水源が国内に存在するにもかかわらず、電力不足のため用水ポンプが機能不全に陥り、十分な飲料水をイラク国民に提供できていないという現状がある。飲料水が確保できない地域において経済発展はあり得ないことは明白だ。
この他にも、電力不足により多くの産業の経済活動が妨げられている。

また、個人の生活も電力によって支えられている部分が非常に多いため、電力不足は彼らの生活をも破壊する。特に国土の大部分が亜熱帯気候であり、夏場は非常に気温が上昇するイラクで生活するにおいて、電力の存在は不可欠である。そのことについて、2003年7月にイラクを訪問したイラク政治研究家の酒井啓子は以下のように述べている:

『私がイラクを訪れた7月には、戦争終結から3ヶ月経ったというのに、一日のうち半分以上は停電していた。(中略)夏の電気使用量の多い時期なれば、いっそうその通電時間は減る。一日中伝記が来ない日も、少なくない。ウォータークーラーと呼ばれる簡易冷房設備か、少なくとも扇風機がなければ耐えられないイラクの夏の気候である。電力不足はそのまま、人々の生活を大きく阻害している。食料の冷蔵、冷凍保存なども出来ないので、食糧事情や衛生状態の悪化につながっている。』

具体的原因:
 イラク社会における慢性的な電力不足の原因として、(1)発電所および関係施設に対する直接的なテロ行為に伴う施設の破壊および人材損失、(2)発電事業に携わる従業員のストライキおよびデモ行為に伴う人材の欠乏、(3)イラク戦争によって損害を受けた発電所および関係施設の復旧作業の難航に伴う施設の欠如の三点が挙げられる。
 (1)発電所およびその関係機関に対する直接的なテロ行為が起こる主な原因としては、テロリストが施設を直接破壊することによって、復興支援にあたっている主に米軍の「無力さ」をイラク国民にアピールし、彼らの反米感情を仰ぐことであると推測される。
 (2)発電事業に携わる従業員のストライキおよびデモ行為が起こる主な原因としては、彼らがその業務を遂行するにあたって直面しなければならない危険に対して、米軍が十分な安全の保障を提供していないからだということが考えられる。2003年9月以降、テロ行為の対象として、米軍や国際機関のみならず、「アメリカの占領」に協力したとみなされるイラク人も含まれることが多くなった。2003年11月の旧フセイン政権の罪状を訴追するため設置された裁判所の判事の殺害をはじめ、統治評議会の職員、閣僚、地方知事、イラク警察官などもその対象となり、多くの犠牲者がでた。そのような現状下、警官、地方行政当局の職員、知事、さらには複数の産業施設の従業員らがストライキやデモを起こしており、発電事業に携わる従業員のストライキおよびデモ行為もこの一つだと考えられる。
 (3)イラク戦争によって損害を受けた発電所および関係施設の難航の原因としては、テロリズムの多発による治安の悪化が考えられる。


B) 行政機関の一時的機能停止に伴う被害:
具体的被害内容:
行政機関は、議会で決定された政策を執行する上で不可欠な存在である。
しかしながら、現代イラク社会においては、行政機関機能の一時的な停止もしくは顕著なる一時的な機能低下が多発しており、結果、法の執行の担い手の欠乏により社会秩序の乱れを招いている。

具体的原因:
 行政機関の一時的機能停止が発生する原因として、(1)行政機関および関係施設に対する直接的なテロ行為による施設破壊、人材損失、(2)行政機関に携わる従業員のストライキおよびデモ行為に伴う人材の欠乏の二点が挙げられる。
 (1)行政機関および関係施設に対する直接的なテロ行為の原因としては、反米感情エスカレートし、「アメリカの占領」を協力したイラク人までもがテロリズムの攻撃対象となったことを初めとし、新政府における政治的利権をめぐった宗派間の摩擦による相手方に対する憎悪感の肥大化などが挙げられる。
 (2)行政機関に携わる従業員のストライキおよびデモ行為の原因としては、発電所におけるそれと同様、米軍によるイラク人職員に対する不十分な安全保障が挙げられる。




4. 問題の原因(イラク国内におけるテロリズムの原因):
 
 イラク国内におけるテロリズムの原因は大きく五つに分類できると考えられる。戦後におけるバース党員の政府機関からの追放、イラン・シリアとアメリカの敵対関係、イラクにおけるアメリカの強大なプレゼンス、宗派間の利権争い、そして新イラク政府およびアメリカの統治能力の欠乏、である。
 本章では、イラク国内における以上五つのテロリズムの原因を検討し、それを解決するにあたって最も適切な主体を模索する。
 
1. バース党員の政府機関からの排除
 イラク戦争後、イラクを統治していた連合国暫定当局CPA)は、イラク人民衆からの信用を得るということを理由に、バース党幹部党員約3万人を政府機関から追放した。このことにより、新政府およびアメリカに嫌悪感を抱く反政府的な無職者が大量発生し、テロリストが発生する可能性がある巨大な母体を作り上げてしまった。また、戦前政府機能を主要な部分を担っていたバース党幹部党員を大量解雇することは、イラク国内を統治するノウハウを持った多くの人材を新政府から失うこととなり、新政府発足後の混乱を招いた。(?)

2. イラン・シリアとアメリカの敵対関係
ホワイトハウスによって2007年7月に公表された、イラク戦争状況を示す報告書Initial Benchmark Assessment Reportによれば、イラク国内における自爆テロ行為の80%(すなわち、イラク国内におけるテロ行為全てのおよそ40%)近くが海外から入国したテロリストによるものであり、その入国の大部分がシリア経由であると推測している。また、イランはテロリストに対して経済的、物資的支援を行っているという事実も確認されている。
よって、これらの敵対国からの国家規模テロ支援を断ち切ることがイラク国内におけるテロ行為を削減させる上で非常に重要となるが、米国一国のみによる交渉は非常に難しく、両国によるテロ支援は一向に止んでいない。よって、第三者機関である国連を通して行われるべきである。

3. イラクにおけるアメリカの強大なプレゼンス
イラクにおけるアメリカの強大なプレゼンスは、特定のイスラム教徒にとっては「イスラムの家」に対する異教徒の侵害であると考えられ、防衛ジハードという概念から、彼らの反米感情を高める大きな要因の一つとなっている。このことは第2章で述べたオサマ・ビン・ラディンの「米軍がイスラム世界から出て行くまで戦う」という発言からも読み取ることが出来る。
しかしながら、アメリカの強大なプレゼンスが問題だからといって即座に米軍をイラクから撤退させることはイラク国内および、イラクに何かしらの利害関係を持っている国家に多大なる被害を与えるのは必然的であるが故、その選択肢はとるべきではない。何故ならば、米軍が撤退した結果、イラクの治安維持にあたるのは必然的にイラク警察、イラク国軍などをその主体とするイラク安全部隊(ISF, Iraq Security Forces)となるが、このISFは現段階では自らの能力のみでイラク国内の治安を維持することは不可能であるからである。
 よって長期的な戦略としての米軍撤退は考えられるが、短中期的にはこの問題を直接的に解決することは難しい。

4. イラク国民の新イラク政府、およびアメリカの統治能力に対する不満
現在イラク国内で多発しているテロ行為の被害を行政機関・インフラ施設が受けた結果、その機能が低下・停止し、経済発展・復興が沈滞化する。それはイラク国民の生活に対する不満感を高め、その中の一部のイラク人はその不満の矛先を、そのような環境を作りだしているアメリカおよび新イラク政府に向け、それをテロ行為という形で具体化させる。
この問題は、経済発展・復興で極めて重要な意味を持つこれらの施設を、テロ行為に見舞われる危険性から開放、もしくはその危険性を著しく低下させることで初めて解決される。その最も有力な手段として考えられるのが、強大な軍事力による施設の保護である。そしてこの役割を果たす上で最も適切であるのは米軍であるといえる。




5. 問題の解決策(アメリカが今後とるべき対イラク政策):

 以上、現代イラク社会における問題とそれに対する原因を踏まえた上で、本章ではイラクにおけるテロリズムを減少させ、イラクの復興を実現化させるうえで、今後アメリカがとるべき対イラク政策の方向性を検討する。
 2007年1月以降、アメリカはThe New Way Forward in Iraq、通称Surgeという名の方針のもと、イラクでの活動を展開している。Surgeの具体的な内容は、2006年の宗派間暴力の急激な高まりに対応するため、イラク安全部隊(ISF)が十分な治安維持能力を身につけ、イラクの治安維持任務が米軍を初めとした連合軍からISFに移行するまでの間、米軍を一時的に増加させるというものだ。この方針の狙いは、?連合軍がイラクの治安維持機能を保障することで、イラク政府に政治機能を回復させる時間的猶予を与え、?それと同時に連合軍がISFと共同訓練等を行うことで、彼らの軍事能力を高め、イラクの独立を助長させるものである。この方針は、まだ自主統治能力を十分に具えていないイラクの経済発展・復興を実現化させる上で、非常に有効な手段であるといえる。
 しかしながら、現状の政策では解決できていない問題がある。行政施設、およびインフラ施設に対するテロ行為の多発である。上記の通り、これらの施設はイラクの経済発展・復興において不可欠な施設であり、それらがテロ行為により損失を受けることは経済発展・復興の大きな足かせとなる。
 この原因として、Surgeにより駐在米軍数が増加し、ISFに技術援助をしている一方、米軍による施設警備に対する取り組みが欠乏していることが挙げられる。
 イラク国内の施設警備組織としては、2003年にCPAによって設立されたFPS(Facility Protection Service)がある。FPSCPAの統治後、27の省により別々に管轄されたが、それは政府内における各政党の民兵として、また各宗派の利益を実現させるための手段として利用された。そういった現状を打開するため、イラク内務省(MoI)はFPS内務省下に統括することを決定したが、イラク経済省(MoF)の支持を得られず未だ統一された国家直属の施設警備組織をつくり出せていない現状がある。結果、行政施設やインフラ施設に対する警備が手薄となり、テロ行為を未然に防ぐことが出来ていないのである。
 以上の現状を打開し、施設警備状況を改善させるためには、FPS内務省の下に統括し、その上で現在米軍とISFが既に行っているように、米軍とFPSの合同勤務を実現化させるべきであると考える。合同勤務と通して米軍の技術やスキル、また軍の規範をFPSに伝授することでFPSの警備能力は向上化される。これにより、イラクの経済発展・復興に不可欠な行政機関および重要インフラ施設に対する警備は充実化し、それらを標的としたテロ行為の発生を大幅に削減することが可能となる。